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161話 漁夫達の茶会

「おぉ……中々に奮戦しているようではないか……」


 ファントの町の防壁の上で、テミスは感慨深げに息を漏らした。その視線の先では、黒い煙がもうもうと細く空へと立ち上っている。


「……随分と、楽しそうなのね?」

「楽しくない訳があるまい? 敵同士が骨肉の争いを繰り広げている様など、そうそう見物できるものでは無いぞ?」

「むぅ……」


 その隣で、双眼鏡のような物を手に持ったフリーディアが、非難の目をテミスへと向けている。


「フム……なかなかどうして面白い……」


 戦況から目を離し、塀の上に立ち並ぶほぼ全員が持つその器具をしげしげと眺めながらテミスは息を漏らした。

 確か、遠見眼鏡(とおみめがね)と言ったか……。魔力の膜を通す事でレンズとしての役割を果たさせ、凄まじいまでの倍率と軽量化、そして操作の最適化に成功している。科学ではなく、魔術が発達した世界ではなるほど……技術とはこのように進化するものか……。


「……? テミス様? どうしたの……ですか? 遠見眼鏡なんかしげしげと眺めて……」

「いや。何でもない」


 テミスの様子に気付いたのか、近くに居たサキュドが歩み寄って問いかけてくる。しかしその手に件の遠見眼鏡は無く、代わりにモノクルのように小さな魔法陣が目の前に展開されていた。


「便利そうだな。それ(・・)は」

「ええ。魔力消費はありますが、遠見眼鏡より視野が広いので重宝しますよ」

「なるほど……広域観測用に衛兵に習得させても良いかもしれんな」

「フッ……興味深い発想だ。軍用魔法を一般の衛兵に普及させるとは……」


 突如、リョースが遠見眼鏡から目を離すと、頬を緩めて会話に参加してくる。そして、それに乗じてルギウス達までもがテミス達の方へと歩み寄ってきた。


「こういう突飛な発想が面白いんですよリョース殿」

「ウム……。突飛なように思えるが、その内容は現実的で実用的だ」

「その際は、私も是非お手伝いをさせていただきたいです。以前のお話もまだお聞きできていませんし……」

「そうだね……これも彼女の発案だけれど……我々軍団同士の交流も図る必要があるかと」


 ルギウスの傍ら。柔らかな笑みを浮かべたシャーロットの目元にも、サキュドと同じ魔法陣が展開されていた。しかし、こちらはサキュドのものとは異なり、微かにチキチキという音を立てながら、その形を微細に変化させていた。


「……? テミス様?」


 その視線に気づいたのか、シャーロットが小首をかしげてテミスに向き直る。その傍らでは、ルギウスとリョースが軍団交流に付いて議論の展開を始めていた。


「ああ。君のその魔法はサキュドのものとは少し異なるようだが……」

「ええ。私は少し術式に手を加えていまして。手間が少しかかりますが、自由に視点を動かせるようになるので、こうしてテミス様とお話している間も監視できてしまうのですよ」

「自由に視点を動かせる……だと?」

「はい。何と言いますか……そう。例えるのであれば、飛行する目玉を操る感覚と言いますか……申し訳ありません。どうにもうまく説明できなくて……」

「いや……十分だ」


 テミスはシャーロットから視線を外すと、既に井戸端会議の様相を呈しているその面子へと視線を移した。シャーロットを除けば最早、熱心に戦況を見守っているのはフリーディアとカルヴァスだけだった。


「遠見の魔法……ね……」


 テミスは唇だけを動かして微かに呟くと、皮肉気な笑みを浮かべて空を仰ぎ見た。

 彼女はまだその実用性に気付いていないようだが、シャーロットの使っている魔法は凄まじいものだ。射程などの詳しい情報はわからないが、要するにバレない偵察ドローンを飛ばすようなもの……それが独自のものだと言うのであれば、本来このような余興で出てくるような代物ではない。


「ちょっと! テミス!」

「あら。戦況に動きが出ましたね」

「っ!」


 テミスが戦慄に打ち震えていると、フリーディアとシャーロットの声が同時に飛び込んで来る。

 それと同時に、茶会のように弛緩していた空気が一気に引き締まった。


「フッ……無様だな」

「私は攪乱も援護も無しでがんばった方だと思うけれど……」

「そうだね。当てにしていたはずの友軍は何故か(・・・)撤退していった訳だしね」


 一同がその戦況に注目し各々に感想を漏らす。

 彼等の覗き見る先ではちょうど、ドロシー率いる第二軍団が潰走を始めたところだった。


「奴が討ち取られていれば御の字だが……まぁ、無理だろうな」

「……当り前だ。奴も軍団長。そう易々と討たれては困る」


 テミスが呟きながらその姿を探すと、潰走する小さな集団の先頭には、怒りに頬を紅潮させたドロシーの姿があった。


「さて……と。後は連中がどう動くか……だが……」


 視線を移した先では、大きく数の減ったライゼル達の軍勢が足を止め、陣形を組み直し始めていた。これでそのまま、隊列を組んで引き上げてくれるのならば楽なのだが……。


 しかし、テミスの思いとは裏腹に、楔型に組まれた突撃陣形の矛先は、ピタリとファントへと向けられていたのだった。

2020/11/23 誤字修正しました

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