1716話 焦がれし地の今
一方その頃。
人魔の交易の地としてすさまじい賑わいを見せる融和都市ファントでは、昼夜を問わず物々しい警備体制が敷かれていた。
今は黒銀騎団へと組み込まれた白翼騎士団を中心に、ファントに駐留している全ての部隊が完全武装を身に纏った状態で展開している。
加えて、周囲の防壁の上には護衛を配した魔法使いたちが、空を飛ぶ事ができる者は町の上空を代わる代わる飛び回っていた。
「フリーディア殿」
「定例報告かしら?」
「はい。飛行分隊のサキュドより、苦言と共に異常なしとの報告が」
「異常なしね。了解よ。残念だわ」
「っ……!」
そんなファントの執務室では、テミスに代わって指揮を執っているフリーディアとマグヌスが、淡々と言葉を交わしていた。
二人が対策に頭を悩ませているのは、一行が町に戻ってからしばらく経った頃に突如として現れた、辻斬りへの対応だった。
本来ならば、卓越した警備網を持つファントにとって、辻斬りなど早晩に捕らえることの出来るはずの他愛もない事件の一つだ。
しかし今回は、既に十余名を超える被害が出ている事を鑑みれば、ただの事件と括るには大きく、また犯人らしき者の尻尾すらつかめていない現状は不可解そのものだった。
「……今回ばかりは、如何にサキュドといえど、ただの苦言と切って捨てるのは早計だと私は考えるが」
「それでも……何とか耐えてもらうしか無いわ」
「ならばせめて、人員配置を再考したい。サキュドは高位の存在であるとはいえど、昼中では全力を出す事は叶わない」
「良いわ。なら、上空からの目が減る分は、こちらで地上戦力の人員を増強して対応します」
「ッ……!! それこそ無茶だッ!! 連日のこの警戒体勢でそちらも人員に余裕など無い筈ッ……!! 兵を潰す気かッ……!?」
「兵が潰れてもッ……!!!!」
堪らず怒声をあげたマグヌスに応じたフリーディアの叫び声は鬼気迫り、目の下に刻まれた特濃の隈と、疲労の滲んだ顔が更にその身に纏う気迫を増大させる。
しかし、テミスから指揮権の一部を預かっているマグヌスとしても現状を静観する事はできず、続けられるであろうフリーディアの言葉を待った。
「ッ……!!! たとえ兵が潰れても、この町に住む人たちは……この町に立ち寄ってくれる人たちは絶対に守らないといけない……!!」
「フリーディア殿……」
「そう……あの時とは違うのよ。今はあなた達が居てくれている。何としてでも、持たせてみせるわッ……!!」
「……なればこそ、少しは休まれよ。ここ数日、夜は自ら夜警に立ち、昼は執務と指揮で碌に寝ておらぬであろう……?」
「駄目よ。私たちがこうしている間にも被害は増え続けているかもしれないのに。休むなんてできないわ。これ以上犠牲者を出す訳にはいかないのッ……!」
「故にこそ。である」
ギリギリと歯を食い縛りながら言葉を絞り出すフリーディアに、マグヌスはコポコポとポットから甘い香りの漂う温かなミルクを注ぐと、微かな音と共にフリーディアの執務机の上へと置き、言葉を続ける。
「テミス様がいつ戻られるかなど我々にはわからない。だが、それはいつもの事。ならば留守を預かる我々が、倒れてしまっては意味があるまい」
「けれど!! それでまた被害が出たらどうするのッ!? こういう言い方は良くないし、卑怯だというのも理解しているけれど……ッ! 貴方はッ……次の被害者がアリーシャちゃんやマーサさんじゃないって言い切れるの!?」
「ッ……!! 断言は、できませんな」
「なら! これを続けるべきよ!! 少なくとも、今の体制を取ってから被害は確認されていないもの!!」
「…………」
けれど、フリーディアはグラグラと酷く眠た気に頭を揺らしながらも、マグヌスの淹れたホットミルクには一瞥もくれる事は無く、厳しい表情のまま答えを返した。
その様子はまるで、限界を超えた総力を以て被害を抑え込んではいるものの、解決には至っていない現状の黒銀騎団を表しているかのようで。
マグヌスは胸中の憂慮を覆い隠しながら、優しい眼差しをフリーディアへと向けていた。
そして。
「ならば今晩は私が出張りましょう」
「なッ……!?」
「なぁに。戦えぬ身とはいえ私も竜人族のはしくれ。太刀を帯びれば虚仮脅しくらいは務まりますとも」
「でもッ……それではッ……!」
「今のフリーディア殿よりは務まります。わかって……戴けますな?」
「ッ……!! 承知したわ……!! 私の方も、夜までに警戒網の見直しをしてみる。仕事を増やして申し訳ないけれど、そちらでもお願いできるかしら?」
「無論ですとも」
厚い胸板を叩いてマグヌスがそう告げると、フリーディアは鋭く息を呑んで言葉を失った。
しかし、皆まで言われなくてはマグヌスの意図を察せないフリーディアではなく、すぐに気を取り直したのか、再びその瞳に強い光を宿して告げたフリーディアに、マグヌスは穏やかな笑みと共に頷いたのだった。




