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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第27章

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1706話 温もりと郷愁

 疲労困憊だったテミスが目を覚ましたのは、翌日の夕方ごろになってからの事だった。

 床の上に倒れ伏した後、テミスは眠りへと吸い込まれていく意識に抗いながら、シズクの手を借りて這う這うの体で自らにあてがわれた部屋へと辿り着くと、着の身着のままでそのままベッドへと飛び込んだ。

 だが、激戦を経た身体は汗まみれで。

 更にそのまま床へ着いたものだから、目を覚ました頃には自身が見るも無残な酷い有様と化していたテミスは、目を覚ますや否や風呂へと駆け込んだのだ。

 無論。テミスは風呂の準備などしては居なかったのだが、事前に手を回していたシズクのお陰で温かな湯で満たされた風呂がテミスを出迎え、一通り身を清めたテミスは湯に浸かって穏やかな息を吐いた。


「…………。ふぅぅぅ……っ!」


 まさに感無量。

 それ以外の言葉が見付からない程の多好感に、テミスは湯気の漂う空間へぼんやりと視線を彷徨わせた。

 一日置いてしまったせいでべたつく身体や、酷く絡まった髪との格闘は厳しいもので、湯に浸かるまでに想定以上の時間がかかってしまったが、温かな湯が全ての苦労を溶かしていく。

 同時に胸の奥底から、万全の状態を取り戻したのだという確かな実感が湧き上がってきて。

 心が沸き立つような喜びに突き動かされ、テミスは湯の中で固く拳を握り締めた。


「短いようで……長かったな……」


 湯煙の溜まった天井を眺めながら、テミスは噛み締めるように呟きを漏らす。

 ヴァルミンツヘイムでギルティアから任を受け、ゲルベットに辿り着いてからは双月商会との諍いを制し、果てには魔獣暴走(スタンピード)の迎撃に黒い騎士(バキース)の討滅なんて事に巻き込まれてしまった。

 月日としてはそう大した時間が過ぎた訳ではないものの、こうしてふとぼんやりとファントの事を思い返すと、何故か長年帰っていないような気がして恋しくなってくる。


「もうすぐだ……もうすぐ帰る事が出来るッ……!」


 ちゃぷりと湯の中から右手を伸ばして宙へ掲げ、テミスは力強く言葉を紡いだ。

 黒い騎士(バキース)なんて存在が居る以上、ゲルベットの様子……ひいてはアルブヘイムの情勢の確認は怠るべきではないだろう。

 けれど、それとこれと話が別で。

 ゲルベットとは異なるファントの街並みや、ユヅルの彼の世界の料理を食わせる店、そして何よりマーサさんの作ってくれる温かで絶品な食事と、どこよりも寛ぐことの出来る自室が、想像しただけで目の前に浮かんでくるほど渇望していた。


「まぁ……ついでにヤツの様子を見てやらん事も無い……が……」


 掲げた右手を再び湯の中へと浸しながら、テミスはフリーディアの顔を思い浮かべ、言い訳がましくボソボソと呟きを漏らした。

 フリーディアの奴は、放っておくと碌でもない事をしでかすような気がして仕方がない。

 本来ならば、書類仕事や(まつりごと)に関してはかなりの手腕を持っている筈なのだが、何よりもあの無制限に厄介事を拾い集めてくる性格の所為で、安心するには欠けるのだ。


「……やれやれ。我ながら重症だな」


 気付けば、旗下の者達やフリーディアの顔すら見たいと感じている自分に、テミスは苦笑いを浮かべてため息を吐いた。

 確かに、強く町を想うハクトやニコルの気持ちには感じ入るものが無かったわけではない。

 けれど、ファントを離れていた期間であれば、ギルファーへ出向いていた時の方がはるかに長い訳で。

 それを鑑みれば、今回のゲルベット逗留は気に留めるべくもない些事の筈なのだが……。


「ククッ……まぁ、それも一興……か……」


 自らの胸を焦がす郷愁の思いに、テミスが微笑みを零した時だった。


「テミスさん~? 起きたのなら声、かけてくださいよ~! お背中流そうと思っていたのに……」


 浴場の扉が開くと同時にシズクの声が響き、湯煙の向こう側からペタペタと足音が近付いて来る。

 間もなくして姿を現したシズクは、湯船に身を沈めるテミスに頬を膨らませた後、とぼとぼと洗い場へ足を向けた。


「すまないな。身を清める事で頭がいっぱいで、そこまで気が回らなかった」

「昨晩は私も汗を流しましたから、お気持ちはよくわかりますけれど……」

「クス……そう拗ねるな。背中は流させてやれないが、代わりに私が背中を流してやるから」

「ひゅぇっ……!? そ、そんな……!! テミスさんに私の背中を流させるなんて……」

「なんだ……嫌か……?」

「い……! 嫌じゃないですッ!! その……えと……お……お願いします……!」


 そんな寂し気な雰囲気を背負う背中に、テミスが湯船の中から立ち上がりながら声を掛けると、シズクは慌てふためきながら声を上ずらせた。

 そんなシズクの様子に、テミスはクスクスと楽し気な笑みを漏らすと、シズクの背を流すべく再び洗い場へと歩み寄ったのだった。

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