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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第27章

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1701話 選択はキミ次第だ

 ニコルの問いを聞いたテミスの胸中を支配していたのは、立っている事さえも辛いほどの途方もない恐怖だった。

 これまでの戦いの中で、受けてきた傷など幾らでもある。時には我が身が傷付く事さえも厭わず、白刃に身を晒さねばならなかった時も。苦痛というならば、拷問紛いの嬲り者にされた事だってあった。

 だが。苦痛そのものの渦中へと自ら足を踏み入れた経験など、私には一度もない。

 戦場で敵の一撃を敢えて受ける選択をした時でさえ、痛み自体は自分から進み入ったものではなく、ただ待っていれば降りかかってくるものだった。


「っ……!」


 ゴクリ。と。

 頬を伝う冷や汗と共に、テミスは干からびた喉に生唾を飲み下した。

 ニコルがここまで言ってのけるのだ。あの薬がもたらす苦痛というのは、並大抵のものではないのだろう。

 心を折り砕く苦痛とは一体どれほどのものなのだろうか。

 いつだったか、苦痛から逃れたいと願うこの思いは、恐怖という感情は、ヒトが持つ生存本能に由来するものだと聞いた気がする。

 その苦痛から逃れるために、生きたいと願う本能すら屈服し、自ら死を受け入れる……否。切望し、希う。

 価値観さえも矛盾させ、反転せしめるほどの苦痛。そこへ自ら飛び込んでいくなど、正気の沙汰ではない。


「っ……!! あの……!! 無理は……しない方がいいと……思います。そ……そうだっ! テミスさんも急に知らされた訳ですし、今すぐに薬を飲むかのまないかを決めるのではなくて、数日じっくり考えてから――」

「――悪いけど、飲むか飲まないかは今、ここで決めて貰うよ。この薬は劣化が異様に早くてね。効果が保証できるのはせいぜい翌朝までだね。ワタシがこうして無理を重ねて起きてきたのもその為さ」

「ぁぅ……」

「…………」


 立ち竦むテミスを見かねたシズクが、しどろもどろながらも折衷案(逃げ道)を提案するも、ニコルはピシャリと言葉を重ねて退路を叩き潰した。

 薬の劣化が無くとも、シズクの提案してくれた案を選ぶべきではない。今ここで決める事ができない覚悟ならば、たとえ数日時間を置いた所で変わる事は無いだろうし、下手に塗り固めた程度の覚悟ほど、死を呼び寄せるものは無い。

 テミスの理性はそう声高に叫んではいたものの、ニコルがいち早く口を挟まなければ、間違い無くテミスはこの案に乗っていただろう。

 それを口にしてしまえば、もう後戻りはできないが故に、ニコルは機先を制したのだろうが……。


「でしたらッ……!! やめておきましょう!! 苦労して作っていただいたニコルさんには申し訳ありませんが、あまりにも危険過ぎます!! テミスさん……顔、真っ青ですよ? この薬よりももっと安全な方法が見つかるかもしれませんし、それに……たとえ万全の力が戻らなくても、テミスさんには私なんかには考えもつかない程の戦略があるじゃないですか!! 戦いは兵に任せて、テミスさんは後ろで堂々と指揮を執るんです!!」

「ッ……!!」

「それに……私ッ……!!」

「もう止さんか小娘(・・)

「カッ……ぁ……!?!?」


 しばらくの沈黙の後、堰を切ったかのように語り始めたシズクの言葉に、テミスの肩がピクリと跳ねる。

 そして、一呼吸を置いて再びシズクの言葉が紡がれようとした刹那。

 まるで嗜めるかのごとき低いニコルの声が響くと共にシズクの声が止まり、パクパクと口だけが動く。


「これ以上重荷を増やしてどうする。この決断を下すのはテミス自身だ。我々が個人的な感情を背負わせるべきではない」

「っ……!!」


 言葉を奪われたシズクを見据え、気付けば杖を携えていたニコルが淡々と告げる。

 すると、シズク自身も思い至る点があったのか、驚いたように見開いた目を、すぐに酷く苦し気に細めた。


「クク……。やれやれ、知らなかったぜ。お前サンがこんなにもビビリだったなんてなァ」「……ルード。貴様、ワタシの話を聞いていなかったのか?」

「聞いていたさ。その上で俺は口を出すぜ。どうせ、もうコイツの中じゃ答えなんて決まってんだ。だから、訊いてんだよ。ビビってんのかってな」


 ドカンッ! と。

 黙り込んだシズクと入れ替わるように、これまで沈黙を貫いていたルードが食卓へ音を立てて足を乗せると、意地の悪い笑みを零しながら口を開く。

 その挑発を即座に眉根に皺を寄せたニコルが嗜めるが、ルードは表情を変える事無く言葉を続けた。


「…………」


 あぁ、その通りだ。私は今、恐怖に竦んでいる。

 一方的に言い放ったルードの挑発に、テミスは胸の中で言葉を返した。

 私を慮ってくれたシズクの言葉を聞くまでは、正直逃げ出す事ばかり考えていた。

 死にたくないし、苦痛を受け入れるなんて当然嫌だ。そんな中、酷い味の薬を飲み続けるなんて到底不可能だ。

 そんな思いばかりが渦巻いて、どんな理由を付けて逃げ出そうかとばかり考えていた。

 けれど、ファントに戻った後、前線指揮をフリーディアに任せて、自分は後方で総指揮を執るだなんて未来を思い描いた途端に、驚くほど簡単に揺らいでいた覚悟が決まった。

 そんな私は私ではない。

 何より、この世界における私の価値など、忌々しい事に図抜けた戦闘力以上の物は無いだろう。つまり、戦う力を喪失は私自身の死と同義で。憎むべき悪党共を討つ事すら出来なくなる。


「……安心しろよ。お前サンが化け物になっち(・・・)まったら(・・・・)、キッチリ俺が殺してやるからさ」

「ハッ……。余計な世話だ」

「ぁ……!! テミス……さん……ッ……!!」


 心を決めたテミスが静かに一歩前へと歩み出ると、クスリと微笑んだルードが肩を竦めて軽口を叩く。

 対して、テミスは皮肉気に唇を吊り上げて言葉を返したが、その後ろからシズクのか細い悲鳴のような声が漏れ聞こえた。

 その悲痛な声は、どうしようもなく自信を責め立てている声で。


「クス……。シズク。ありがとう。私の恐怖を払ってくれたのはお前だよ。流石は私の護衛だ」

「えっ……?」

「……ニコル。全て承知した。その薬、謹んで飲ませて頂こう」


 更に一歩歩を重ねる前に、テミスは腕を伸ばしてシズクの頭をくしゃりと撫でると、穏やかな声で礼を告げた。

 そして、テミスは凛と気迫に満ちた表情でニコルの前へと進み出て、静かに自らの選択を告げたのだった。

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