1691話 勝鬨は歓声に代わりて
ゲルベットの町の中心部は、途方もない賑わいを見せていた。
立ち並ぶ店々は揃って門戸を開き、冒険者たちや道行く人々に声を掛けては、無料で食事や酒を振舞っている。
その様子を見て唖然とした表情を浮かべたテミスに囁いたシズク曰く、この戦勝の宴の間にかかった費用は全て双月商会が持つと触れが出されたらしく、彼の商会の傘下に収まる店が大半を占めるこの町では、町を挙げての大宴会と相成ったようだ。
「やれやれ……あのハクトがねぇ……。それにしても、妙に視線を感じるな」
常識を超えた大盤振る舞いを見せた双月商会に、テミスはクスリと微笑みを浮かべて呟くと、チラリと周囲へ視線を向けながら言葉を付け加えた。
先ほど出会った男の様子や、シズクから伝え聞いた状況からして、テミスとしては町の中心部へ到着した途端に人々に取り囲まれ、大変な騒ぎになるものだと覚悟していたのだが。
どうやらそれは思い過ごしであったらしく、テミスは自意識過剰という酷く恥ずべき己の予想に、ただひたすら恥じ入っている所なのだ。
「ふふっ。皆さん、テミスさんとお話ししたいのを我慢しているんですよ。先ほど言ったでしょう? 報せが走ったと。テミスさんが目を覚まされたら、まずはハクトさん達の所へと厳命されているんです。あ、安心してください。勿論ルードさんたちも居ますから」
「……欠片も安心できる要素が無いな? ハクトは兎も角、ルードの奴の事だから、今頃調子に乗って色々とやらかしているんじゃないのか?」
「まさか。そんな事はありませんよ。沢山お酒は飲んでいますけれど、酔い潰れてしまう事も無いですし、恐らく休んでいたのだとは思いますが、いつの間にかフラリと姿を消したと思ったら、しばらくしてからまた戻ってきて皆さんの期待に応えていましたし」
「フゥン……」
周囲の熱気に中てられたのか、シズクは楽し気な雰囲気を纏いながらテミスの問いに答えを返す。
だが、テミスは冷めた調子で喉を鳴らしただけで、頭の中ではルードに対応を全て投げ打つ算段を組み立てていた。
「こちらです! 皆さん! テミスさんをお連れしましたッ!!」
「……!」
町中からの視線に晒されながら、しばらくの間歩いた後、シズクは見覚えのある金の鉄鍋亭の看板のかかった建物の前で立ち止まると、大きく息を吸い込んでから中へと飛び込んでいった。
瞬間。建物の中からは、まるで爆発でも起こったんじゃないかと錯覚するほどの大歓声が湧き上がり、ビリビリと空気を震わせる。
同時に、テミスは真実を理解した。
つい先ほどまで、自分は護衛であり、屋敷にまで迎えに来たシズクを味方であると思い込んでいたが、今の口上を鑑みるにどうやら逆らしい。
いわばシズクは、私をこの大宴会の只中へと引きずり出すための刺客。
考えてみれば、シズクは髄所で私が賛辞を受ける度に誇らし気にしていた。つまるところ、この戦勝の宴は彼女にとって好ましいもので。むしろ積極的に参加しているのだろう。
「……嵌められた気分だ。畜生……知っていてシズクを宛がったな? ニコルの奴め」
いっそのこと、このまま全速力で来た道を戻り、ニコルの屋敷に逃げ込んでやろうか。
一瞬。テミスの胸の内をそんな気分が過っていく。
だが、おそらくは屋敷に辿り着けたところで、既にニコルもグルなのだから門戸が開く訳も無く、逃げ場を失ってしまうのがオチだろう。
「ハァ……やれやれ……。観念するか……」
ここまで用意周到に準備を張り巡らされてしまっては勝ち目がない。
そう察したテミスが、深いため息と共に店の中へ足を踏み入れようとした時だった。
「おぉっ!! 漸く来たか! 流石主役だな!! 焦らしてくれるぜ!!」
「お席の準備ができましたよテミスさんッ!! さぁ!! どうぞ中へ!! どうぞどうぞ!!」
顔を赤らめたルードと共に、踵を返してきたらしいシズクが飛び出して来て、左右からがっちりとテミスを拘束する。
その無駄極まる素早さに圧倒されたテミスは抗う暇もなく、最早為されるがままにまるで王座の如く一際豪華に設えられた特別席へと誘われた。
そこには既に、執事かウエイターかの如く姿勢を正して控えているハクトの姿があって。
何もかもがお膳立てされた状況に苦笑いを浮かべると、テミスは用意された席へと腰を掛ける。
「さぁさ!! 皆様お待たせいたしました!! 我等が英雄!! ゲルベットの救世主! その身を挺して、あの巨大な黒き怪物を両断して魅せたテミス様がいらっしゃいましたッ!! 傍らに並びますは、S級冒険者にして本作戦の立役者であるルード殿と! テミス様の懐刀にして、背を預ける戦友!! シズク嬢ですッ!!!」
テミスが腰を下ろすのを待ち構えていたかの如く、ハクトが建物の外へすら響くほど高らかに口上を述べると、熱狂すら帯びた万雷の拍手がテミス達を包み込んだ。
「ほらよ! まずは俺からだ。お疲れ。んで……ありがとよ。手ぇ貸してくれて」
「……。フン……」
鳴りやまぬ拍手の中。
傍らに座るルードがなみなみと酒の注がれたジョッキを差し出すと、テミスは小さく鼻を鳴らしながらも小さく笑みを浮かべて受け取った。
そして、中身が飛び散るのも構わずに、高々と掲げてみせると、その場に集った者達もそれに倣い、一斉に乾杯の声が響き渡る。
そんな、天にまで届きそうな程の賑わいを見せるゲルベットの町を、煌々と輝く真円の月と満天の星空が穏やかに見守っていたのだった。
本日の更新で第二十六章が完結となります。
この後、数話の幕間を挟んだ後に第二十七章がスタートします。
ゲルベットに逗留するテミス達が直面したのは、町ごと滅亡してしまいかねない危機でした。
しかし、町を治める双月商会には様々な思惑が渦巻いていて。
テミス達が寄る辺としているニコルも、自ら動こうとする気配はありません。
諸々の問題はあれど、避け得ぬ町の危機を前にテミスたちは共闘の道を選びます。
この選択はテミスに、はたまたゲルベットの町にどのような影響をもたらすのでしょうか。
はたまた、魔王・ギルティアから託された以来の行く末は……?
続きまして、ブックマークをして頂いております832名の方々、そして評価をしていただきました137名の方、ならびにセイギの味方の狂騒曲を読んでくださった皆様、いつも応援してくださりありがとうございます。
また、頂戴しました感想も喜びながら読ませていただき、作品制作の力の源とさせていただいております。重ねて深く御礼申し上げます。
さて、次章は第二十七章です。
双月商会と共に、ゲルベットの町の窮地を救ったテミス達。
しかし、テミスたちがゲルベットを訪れた当初の目的である、魔王・ギルティアからの依頼は未だ達成されないままで。
更に、全力で戦えない不調を抱えたテミスの問題も解決したわけではありません。
西の地で新たに紡がれた絆と因縁は、どのような運命を引き寄せるのでしょうか?
セイギの味方の狂騒曲第27章。是非ご期待ください!
2024/4/28 棗雪




