表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第26章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1747/2311

1687話 空っぽの勝利

 月光斬によって巻き上げられた大量の粉塵が周囲に飛散し、巨大な黒い騎士(バキース)の姿を包み隠す。

 そんな土煙の外側に、テミスはクルリと身を翻して着地すると、携えた大剣を傍らに突き立てて空を仰ぎ見た。


「…………」


 呆気ないものだ。

 戦勝の歓喜も、辛勝の沸き立ちも何も無い。ただ、『勝利した』という結果が残っただけ。

 虚しさにも似た空虚な気分で胸を満たしながら、テミスは静かに、そして長く息を吐いた。

 所詮この能力(チカラ)など与えられただけのものに過ぎない。この戦いでは、それを嫌というほど突き付けられた。

 否。実際のところ、砂を噛むような思いに苛まれるほど苦々しくはあれど、私はまだ本当の意味ではその事実を突き付けられてなど居ないのだろう。

 何故ならこの並外れた身体能力を持つ肉体も、本来ならば持ち上げることすらできないはずの大剣を繰ることの出来る魔力も、ただ一方的に寄越されただけのものなのだから。


「チッ……!!」


 そう考えただけで、空虚な胸の内を虫唾が駆け巡り、テミスは堪らず舌打ちを零す。

 戦いばかりのこの世界では、否応なしにこの力に……与えられたモノに頼らざるを得ない。

 人の域を外れた身体能力と魔力、そしてこの手に余る能力を失えば、私など少しばかり小賢しいだけの生意気な少女に過ぎないのだ。


「あぁ……厭だ。本当に厭なものだな。積み重ねたはずの努力が穢されるのは」


 もうもうと立ち込める土煙を前に、テミスはクスリと皮肉気な笑みを浮かべると、再び深いため息を吐きながら愚痴を漏らした。

 私とて、この世界に降り立ってからそれなりに努力を積み重ねたはずだ。フリーディアやマグヌス達に剣術を習い、聞きかじりでこそあれど魔法についても調べ学んだ。

 だがそれらは、ヒトが自らの肉体を替える事ができないが故に、どれも私にこの超人的な身体能力と魔力が在る事を前提としたものだった。

 無論。これらの優位を失ったとて、身に刻んだ動きや知識が失われる訳では無く、それなりには役に立つのだろうが……。


「……随分と、浮かない顔をしているね」

「そう見えるか?」

「あぁ。何もかもが気に入らない。そんな顔をしている。そう……キミが掴み取ったこの勝利さえもね」

「…………」


 戦いを終え、佇むテミスの後ろから歩み寄ったニコルが静かに声を掛けるが、テミスは振り返る事すら無く短い言葉だけを返して口を噤む。

 何故、言葉を返す事ができなかったのか。告げられたニコルの言葉が正鵠を射ていたからなのか、はたまた胸中に蟠る空虚さとはかけ離れた、全く的外れなものだったが故なのか。それはテミス自身にもわからなかった。

 けれど強いて言うのなら、この虚しさは偽りの強さと全能感に酔いしれる事ができなかったが故の代償なのかもしれない。

 まるで空虚さから逃げるかのように、テミスが密かにそう結論付けた時だった。


「ふふ……さて……烈風(フォルヴェントス)

「――っ!」


 テミスに合わせるかのように沈黙を保っていたニコルが微笑みを漏らすと、唐突に携えていた杖を掲げて魔法を発動させる。

 瞬間。

 ニコルの掲げた杖の先から烈風が迸り、テミス達の眼前を覆い隠していた土煙を吹き飛ばした。

 そこに在ったのは、深々と地面に穿たれた巨大な斬撃の痕と、その上で真っ二つに両断された巨大な黒い騎士(バキース)が、ゆっくりと虚空へ崩れ消えていく姿だった。


「ここまでに成った黒い騎士(バキース)を一撃とはね。実に見事な一撃だったよ」

「そんな大層なものではない」

「そうかな? ワタシの見立てではアレは、魔法でも闘気を用いた一閃でもないように見えたが……」

「っ……!!」


 その光景を眺めながら、ニコルはゆったりとした足取りでテミスの隣に並び立つと、緩んだ声で言葉を続けた。

 だが、その内容はテミスにとって到底聞き流す事などできないもので。

 テミスは口を噤んでピクリと眉を跳ねさせると、押し寄せる緊張感に拳を握り締めた。


「魔力でも闘気でもない力……心当たりは幾つかあるけれども、どうにもそれだけでは説明が付かない。となると最早、斬撃という概念自体を飛ばしているのかな?」

「…………」


 迂闊だった。

 腹の奥から湧き上がってくる焦燥に身を灼きながら、テミスは胸の内でそう独りごちる。

 ニコルほどの実力者となれば、当然その程度の知識は有している。加えて彼女は研究者のような一面も持ち合わせていた。そんな彼女に、能力を用いた月光斬など見せてしまえば、こうなる事などわかっていた筈なのにッ……!!


「んふふ。ま、キミはワタシにとっても恩人だ。踏み込まれたくないようだし、今は詮索は止しておこう」

「ニコル……」

「おっと。何も言うんじゃないよ? 目上の心遣いは素直に受け取っておくものさ。けれど……そうだね……。一つだけ、助言するのならば」


 緊張感を漂わせながら戦慄するテミスに、ニコルはクスクスと笑いながら、肩を竦めて嘯いてみせる。

 そんなニコルに、テミスは思わず口を開きかけるが、間髪入れずに続けられたニコルの言葉に口を閉ざした。


「その思いは大切なものだ。けれど、間違ってもいる。驕らず、憎まず、卑下する事無く精進を続けると良いよ。それでも辛いときは、喋りたい事だけで構わないから、周りを頼りなさい。シズクちゃんとか……ワタシでも良い。忘れないでおくれよ? キミはキミなんだからさ」


 ニコルはテミスが口を噤んだのを確認してから小さく息を吐くと、何処か寂し気にそう言葉を続けたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ