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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第26章

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1685話 友の頼み

 響き渡る轟音をよそに、酷く傷付いていたテミスの身体は瞬く間に治癒していった。

 折れて拉げ、あらぬ方向を向いていた腕も元に戻り、不気味に凹んでいた腹も元の艶やかさを取り戻し、鈍くテミスを蝕んでいた痛みも和らいでいく。


「っ……」

「まだ動きなさんな。楽にしているんだ。すまないが回復系統の魔法は不得手でね。本来なら、水薬(ポーション)……いや、完全回復薬(エリクサー)でも持って来るべきだったんだろうが、生憎手持ちを使い切ってしまったんだ。だからもう少し……もう少しだけ我慢しておくれ」


 みるみるうち癒えていく自らの身体に驚きを露わにしながら、テミスは僅かに身を捩ると、ズキリと走った痛みに顔を顰めた。

 それを見たニコルが、即座に掌をテミスへと向けて制すると、ゆっくりと杖を傾けて寝そべる形で宙に浮いていたテミスの姿勢を立った状態へと変える。

 けれど、テミスの身体は未だフワフワと宙に浮いたままで、身体に重力を感じる事も無く、心地の良い浮遊感を味わっていた。


「おっと。危ない危ない。ちなみに、今キミに飲ませたこの薬は、キミ自身に頼まれていたものだよ。効力は魔力の超増幅。肉体から魂の剥がれかかっているキミはいわば、穴の開いた水桶なんだ。だからこそ、心……即ち魂の力の一部である魔力が延々と失われ、無理に使おうとすれば枯渇してしまう。つまり、キミが飲むべきはこの穴を塞ぐ……即ち剥がれかけている魂を元に戻すための薬なのだけれど、ただ全力で戦うための力を戻すだけなら、他にもやりようはある。そう。水桶に注いでやる水の量を増やせば良い。そこで、魔力を爆発的に増幅させるこの薬の出番なワケだ。もしも、普通の人間が飲んだら、肉体が膨れ上がった魔力に耐え切れなくて弾け死ぬ劇薬だけど、今のキミなら平気なはずだよ」

「…………」


 テミスの体が起こされると同時に、胸の上に転がっていた空の瓶が身体から落ちると、ニコルは杖を持っていない片手で瓶を空中でキャッチし、そのまま早口で語り始めた。

 尤も、それは今のテミスの状態であったり、飲んだ薬の効能だったりと重要な話だったので、テミスは一言一句聞き逃す事無く真面目に耳を傾けていたのだが……。


「……話を聞く限り、ニコル。お前は死にかけの私にとんでもないモノを飲ませてくれたらしいな」


 ニコルの説明が進めば進むほど、真面目に引き締まっていたテミスの表情は呆れ顔へと変わり、長い解説が終わる頃に溜息まじりの言葉を返す。

 秘薬にして劇薬。

 つまるところ、先程テミスが飲み干した水薬(ポーション)は、そう言った類のとてつもない効能を持つ物だったという訳だ。

 確かに言われてみれば、腹の中心がどこか物寂しいような感覚は消え失せ、体中から漲るような力の奔流を感じる。


「うむ。とんでもない代物だとも。なにせ、世に出せば歴史が歪む程の効果を持つ伝説級の水薬(ポーション)を湯水のように煮詰め、それでいてなお求める効能だけを引き出す為に、希少な素材を突っ込んだからね」

「っ……!」

「更に更に。今回は時間も無かったからワタシの全てをつぎ込んだと一本だと言っても過言ではない。時間加速魔法に空間歪曲魔法などなど、かつての戦いでも使わなかった魔法を片端から使って作り上げたのさ!」

「…………」


 得意気に告げるニコルに対して、呆れ顔を浮かべていたテミスの顔色が徐々に変わり、想像を遥かに超えていた水薬(ポーション)の効果に、顔を青ざめさせた。

 なにせ、伝説級の水薬(ポーション)を大量につぎ込んだのだ。最早水薬(ポーション)などと呼ぶには烏滸がましい、神薬とでも呼ぶべき代物であるのは間違いない。

 そんなモノを、口の中に突っ込まれたとはいえ無造作に飲み干してしまったのだ。

 テミスとて幾ばくかの金を持ってはいるものの、神薬の対価として支払う額には遠く及ばず、例え我が身を差し出した所で、支払いを終える前に人間としての寿命が先に尽きてしまう。


「くふふっ。キミでもそんな顔をするのだね。やはりキミは善いヒトらしい。それは救ったワタシに対して対価を支払おうとする者の顔だ。これでも永く生きてきたからね。その程度はわかる」

「……! ハ……ハンッ……! 何を馬鹿な。目が曇っているのではないか? 私は今、どうやって踏み倒してやろうかと考えていた所なのだがな!!」

「おや。それは困った。キミの求める対価はただ一つ。アレを倒して欲しいという事だけなのだけれどね。もしも断られてしまったら……どうしたものか」

「馬鹿な……! その程度お前の力があれば――」

「――ワタシは戦わないよテミス。それだけは変わらない。もう懲り懲りなのさ」


 飄々とした態度で言葉を紡ぐニコルに、驚いたテミスは思わず口を挟む。

 しかし、ニコルはにっこりと笑みを浮かべてテミスの言葉を遮ると、はっきりとした口調で断言した。

 その言葉には、何処か言い知れない重さがあり、それこそが彼女がこれまで積み重ねてきたモノであろう事は、容易に感じ取れた。


「……ま。たとえワタシにその気があっても無理なんだけれどね」

「なんだと……? ……っと!!」

「流石にそろそろ魔力切れさ。所詮は薬。対価なんて本当はどうでも良いのだけれど、ワタシもこの町に愛着が無いワケではなくてね。特に、あの黒い騎士(バキース)に壊されるのは流石に虫唾が走るんだ」


 肩を竦めたニコルがそう言葉を続けると、宙に浮いていたテミスの身体がゆっくりと地面へと下される。

 その頃には、身体に力を込めても痛みが走る事は無く、テミスの傷は完全に回復していた。


「そういう訳だ。ワタシの意地に付き合って貰えるかい? 薬の効果はそう長くはないけれど、アレを倒すくらいは十分持つはずさ」

「フッ……! クク……。そうだな、友人(・・)の頼みならば無碍にはできん。その意地、共に張ってやろう」


 微笑んで問いかけるニコルに、テミスもまたクスリと笑いを零して息を吐くと、凜と漲った気を溢れさせながら、胸を張って言葉を返したのだった。

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