1680話 明日無き攻防
まるでビルのように大きな黒い騎士の剣先が、高々と掲げられたままゆらりと音も無く傾ぐ。
それはほんの僅かな揺らめきであったが、神経を集中したテミスが見逃すはずも無く、大剣を構えた手に力が籠る。
瞬間。
「――っ!!!!!」
ズッ……ドォォォォォン……!!! と。
地上のテミスへ向けて振り下ろされた巨大な剣が、地響きを起こしながら大量の土埃を巻き上げた。
途方もない威力が込められた破壊の一撃。剣の刃の殆どが地面に埋まっており、その斬撃は少し腕が立つ程度では、到底受けられるような代物ではなかった。
「グ……ゥ……ッ……!! クッ……!!」
だが。
巻き上げられた土煙がゆっくりと晴れると、あわや叩き潰されてしまったかに思えたテミスは健在で。
斜めに大剣を構えた格好のまま、額から一筋の血を流していた。
「ハッ……! ハハ……ッ……!! よしッッ! 受けたッ! 受けたぞッ!!」
数秒の沈黙の後。
テミスは爛々と目を輝かせて笑顔を覗かせ、笑い声をあげながら喜びを露わにする。
確かに、巨大な黒い騎士の繰り出す斬撃の威力は途方もない。
まともに直撃を受ければひとたまりもなく、見るも無残に叩き潰されて終わるだろう。
けれど。動きが機械的であるが故に、攻撃は威力が高いことだけが取り柄の単純なものだった。
「流石はブラックアダマンタイトといった所かッ!! 最初に受けた一撃で剣が無事だったから、もしやと思ったのだッ!! ざまぁみろ。攻撃の隙を晒さず、全霊を以て防御すれば防げないほどでは無いッ!!」
テミスは強烈極まる一撃によって崩れた守りの構えを正すと、高揚した気分に任せて得意気に言葉を紡いだ。
凄まじい衝撃と、全身の骨がギシギシと悲鳴をあげるほどの圧力ではあるものの、一度僅かでも堪えてさえしまえば受け流すのは容易だった。
尤も。本来ならば一瞬たりとも受ける事など不可能な一撃なのだろうが、今この瞬間ばかりは、テミスは自らの常人離れした肉体に感謝した。
「クハハッ……!! さぁ、どうした? 私はまだ立っているぞ? 何度でも斬り付けて来い。その悉くをいなしてやろうッ!!」
そう高らかに宣言しながら、テミスは自らの傍らで地面に埋もれた剣が、ボゴリと音を立てて引き抜かれるのを見送った。
見えたのは万に一つの勝機。だがそれは、鋭利な剣の切っ先の上で踊り狂うかのような、困難を越えた先でのみ得られる希望だ。
けれど。テミスの眼は既に揺れる事無く勝利のみを見据えており、獰猛な笑顔の隙間から剥き出しになった鋭い犬歯が、眩く白く輝いている。
「――ッ!!? 横ォッ……!!!」
だが、巨大な黒い騎士は鬱陶しく足元を跳ね回る虫でも払うかのように、地面から引き抜いた巨大な剣で、無造作に足元を薙いだ。
その長大な刃が捉え得る広大な射程の中には、当然の如く先ほどまでテミスが立っていた場所も含まれており、激しい金属音が奏でられる。
しかし、地面に描かれた斬撃の軌跡の周囲には、両断されたテミスの亡骸どころか、僅かばかりの血痕すら残されていなくて。
直後。
どこからともなく姿を現したテミスは、スタリと軽やかな音を立てて浅く抉れた地面の上へと着地した。
「ハハッ……! 危ない危ない。危うく空の彼方まで飛ばされるところだったわ」
振り切られた巨大な剣が地上へと影を落とす前で、テミスは悠然と笑い声をあげながら肩に担ぎ上げた大剣を構えると、直上を見上げて巨大な黒い騎士を挑発する。
つい先ほど放たれた横薙ぎの一撃。テミスの体格でそれを受ければ、斬撃自体はブラックアダマンタイトの大剣の強度を以て防ぐ事ができたとしても、砲弾のような速度で射出されてしまい、死は免れない。
だからこそ、テミスは剣を合わせた瞬間自ら体を捻って跳び上がると、敢えて受けた斬撃の軸をずらして回転し、勢いを殺したのだ。
結果。テミスの身体は跳び上がった空中でぐるぐると高速回転するに留まり、回転による遠心力で幾ばくかのダメージこそ受けたものの、斬撃から逃れる事に成功した。
「フム……なかなかどうして、コツが掴めてきた気がするな」
第三撃目を放つべく、ゆらりと掲げられる巨大な剣を見上げながら、テミスは不敵な笑みを湛えて嘯いてみせる。
あまりの威力と速度に、完全に無傷でしのぐ事ができる訳では無いが、受けるだけならばどうにかこうにかやりようがある。
ならば、そこから更に一歩先を求めるのがヒトの性というもので。
テミスは構えを下段へと変えると、今度は直上から降り注ぐように振り下ろされる斬撃に合わせて、自らも大剣を振るって巨大な剣の腹へと一撃を叩き込んだ。
「クククッ……!!」
すると、真っ直ぐに振り下ろされた巨大な剣は激しい金属音と共に軌道を歪め、テミスから十数歩離れた地面を深々と切り裂いたのだった。




