157話 戦友と協働
「警備隊からの緊急連絡ですっ! 第三軍団長リョース様が来訪されているとのこと! 至急ファントへお戻りくださいっ!」
「リョースだと? 増援か?」
「いえっ……それが……」
テミスの問いにサキュドは口ごもると、ぼそぼそと声を落として言葉を続けた。
「少数の護衛のみを連れているようで……それに、御用をお聞きしてもテミス様を出せとの一点張りらしく……」
「フム……」
テミスは傍らのフリーディアに目配せをすると、息をついて腕組みをした。
この期に及んで、ギルティア達が我々に牙を剥いたとは考え辛い。それをするならば、明らかに機を逸している。
だが……援軍でもないとすれば、軍団長であるリョースが直々に最前線くんだりまで出てくる理由は何だ……? フリーディアの事を詰問するにしても遅すぎる。
「…………?」
一瞬。テミスは傍らで首を傾げるフリーディアに目を走らせたが、即座にまろび出てきた可能性を頭の中で却下する。仮に、リョース達がフリーディアや白翼を叩くために送られて来たのだとしても、私がそれを承服しない事など連中はわかり切っている筈……。
「テミス様……どうしますか? 部隊をカルヴァスに任せて私もお供を――」
「――いや。お前たちは退いた連中が体勢を立て直す前に叩き潰せ」
脳裏に響くサキュドの不安気な声にそう答えると、テミスは一度目を瞑って雑念を払うと、目を見開いて言葉を添えた。
「私は一度奴に会うためにファントへ戻る。私が居ないからと言って、情けない結果に終わるなよ?」
「っ――! 了解ッ!」
テミスは不敵な笑みと共に通信を切ると、フリーディアに向き直って口を開いた。
「フリーディア。魔王軍の軍団長が一人、ファントに来ている。私はそいつの話を聞きに、一度ファントへと戻る」
「えっ……!? じゃあ攻撃は――」
「まぁ待て。話を最後まで聞け」
フリーディアはテミスの言葉に驚きの声を上げるが、その眼前に掌を差し出されて言葉を止める。リョースの目的がどうあれ、今この戦いを止めるわけにはいかない。
「指揮権をお前に預ける。サキュドにはもう指示を出したが、お前達は兵を率いて連中の追撃に当たってくれ」
「っ……でもっ!」
「フッ……」
それでもなお渋るフリーディアを見て、テミスは思わず頬を緩めた。本当に、人間も魔族も……皆が皆、彼女のような精神を持てたのならば……。少なくとも、こんな下らない戦いなど起こらないだろうに……。
「何よその顔……。いい? 貴女も再三言ってきたけれど、本来、私は貴女の敵なのよ? なのに、ファントの命運を預けて良いの?」
「ククッ……ああ。その言葉が出ただけで、私がお前を信ずるには十分だ」
テミスは上機嫌に喉を鳴らすと、フリーディアに背を向けて振り返る。力及ばぬ理想を求め続ける愚かな所はあるが、奴のその純真なまでの真っ直ぐさは、眩い物があるな……。
「期限付きとは言え、今のお前は私の戦友であり仲間だ。私の不在……任せたぞ」
「っ……!! ええ、解ったわ。何度も切り結んだ仲ですもの、貴女の部隊の事は知っているつもり……安心して任せて頂戴」
そう宣言すると、フリーディアもまたテミスに背を向け、同じように肩越しに振り返る。そして互いにその足を止めぬまま少し歩むと、各々の役目を果たすべく駆けだしたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一方その頃。戦線後方撤退部隊。
「ったく……アンタ本当に冒険者将校なの? 幾ら二対一とは言え、一方的にやられ過ぎじゃないの?」
「ハハ……あなたのところのテミスさんが強いせいですよ」
「ハンッ……聞いて呆れるわ。ともかくこうなった以上、一度退いてから物量で圧し潰すわよ」
その最前列では、後ろに多くの魔族を従えたドロシーとライゼルが口戦を交わしていた。もっとも、傍から見る限りでは、ライゼルが一方的にドロシーから責められているという構図だったが……。
「やれやれ……解っていますよ」
ライゼルは深いため息を吐くと、少しだけドロシーの側から離れて後方を見やる。そこに人間の姿は殆どなく、ニヤニヤと下種な目でライゼルを見つめる魔族たちの姿があった。
本当に……付く側を間違えましたね……。
痛むあばらを微かに庇いながら、ライゼルは手持ちのカードを確認する。もし仮に、全てを投げ打って裏切ると投降すれば、彼女は赦してくれるだろうか?
「ま……無理な話ですが……」
そう小さく呟くと、ライゼルは首を振って弱気の虫を追い払う。
ドロシーに良い様にされているだけな時点で立つ面目など無いが、ここで寝返りなどすれば、こんな所までついてきてくれた兵達に……この戦いで散って逝った者たちに顔向けができない。
「ならばせめて……彼らの命にも意味があった……それを証明しなくては……」
もう、引き返す道など無い。
ライゼルは固く拳を握ると、歯ぎしりと共に悔しさを噛みしめた。
「……えっ?」
「……?」
その時。わずかに先を行くドロシーに一人の魔族が駆け寄ったかと思うと、彼女の耳元で何かを囁いて素早く身を引いた。
「やれやれ……また隠し事ですか……」
しかし、ライゼルは再びため息を吐いただけで、青い空へと視線を投げる。
彼女たちがこちらに情報を伏せるなど茶飯事だ。共闘しているとはいえあくまでも敵同士、それはお互いさまと言った所だろう。
「少しだけ……彼女たちが羨ましいですね……」
誰にも聞こえないほどに小さな声で零したライゼルの呟きが、虚しく青空へと吸い込まれていったのだった。