1672話 戻りし平穏
「よぉし皆さんッ!! 戦勝に沸く気持ちは私とて理解できます。……が! あと一息です。素材の回収をしてから、町へ凱旋と行きましょう!!」
しばらくの間、テミス達と談笑を楽しんだ後。
ハクトはパシリと両手を打ち合わせると、周囲の冒険者たちへ向けて朗らかな声で呼びかけた。
その傍らで護衛を務めているエルリアとアドレスも、ハクトの指示に従って傍を離れ、地面に散らばっている魔獣の素材や黒い騎士の欠片を集めるべく奔走する。
「おっと……どうか、皆さんはそのままお休みください。せめて雑務は我々の方で」
「む……? しかしだな……。これも仕事の内だろう? 我々だけのんびりとしていては不満も出よう」
「えぇ、少しですが休む事はできましたし、素材の回収くらいでしたら問題ありません」
冒険者たちの指揮を執るべく、テミス達の元を離れかけたハクトだったが、すぐ何かに気が付いたかのように踵を返すと、爽やかな笑顔でテミス達に休息を促した。
だが、共に戦いへ赴いた物の責務として、ハクトの申し出を断ったテミスとシズクは、己も素材の回収に加わるべくと一歩前へと進み出る。
しかし。
「まぁ待ちな。ここはあいつ等の顔を立ててやろうぜ」
「ルード。訳知り顔だが、お前は休みたいだけだろう?」
「違げぇっての。素材の回収も立派な冒険者の仕事だ。アイツ等の中には、この戦いで活躍できなかった奴も居るだろう。戦果を挙げた俺達がこれ以上仕事を奪っちゃいけねぇ」
「……そうですね。ギルドでも、素材の回収任務は人気が高いですから。安全で、かつ実入りが良いと」
「えぇまぁ……そういう意味合いもありますが、この戦いの英雄でもある皆さんにこんな仕事まで強いては、私が冒険者の皆に何を言われる事やら……」
「あ~……」
「フム……なるほど……」
テミスの背後からルードがのんびりとした声で引き留めると、それを援護するかのようにセレナが言葉を添えた。
更に、満面の笑みを苦笑いに変えたハクトが、頬を掻きながら意を重ねると、得心を得たテミスとシズクは足を止めて声を上げる。
この戦いに関連する事柄を、テミスは全て一つの仕事だと捉えていたが、どうやらそれは誤りらしい。
……であれば、残った仕事である素材の回収は、別にテミス達でなくとも務めることの出来る仕事ではあるし、集めるという性質上総数には上限がある。
ならば、仕事にあぶれてしまった冒険者たち、つまるところは今回の戦いで戦果をあげる事ができなかった者達にとっての、最後の稼ぎ場と言い換える事もできるだろう。
「そういう事ならば、確かに我々が出張るべきではないかもしれんな。ここで作業を眺めているとするか」
「はい。そうしていただけると。本来ならば、お飲み物の一つでも用意する所なのでしょうが、生憎こちらまで出向いて来ることの出来る者で手の空いている者は居らず……」
「構わんさ。幸運にも、腰を落ち着ける場所は十分にある。昂りを冷ますには都合が良い」
ハクトたちの意図を理解したテミスは、シズクと共に空の荷車まで踵を返すと、ゆったりと言葉を返しながら再びドサリと腰を下ろした。
そこでは、既にルードが横になって寛いでいる所為で、周囲に腰を掛ける程度の空間しか残ってはいなかったが、吹き抜けていく爽やかな風を楽しむためには丁度良かった。
「……ありがとよ」
「ン……?」
そうしてしばらくの間、テミスが賑やかな声を響かせながら素材回収に駆け回る冒険者たちの仕事ぶりを眺めていると、突然傍らからルードの真面目な声がかけられる。
「なんだかんだと付き合ってくれて……だ。お前さんからしてみれば、なぁんにも関係ねぇ事だろうによ」
「クス……今更さ。私とて、眼前で窮している者達を見棄てては流石に寝覚めが悪い。いっそのこと、双月商会やゲルベットの住人たちがどうしようもないほど悪辣であれば、楽に見捨てられたのだがな」
「へっ……兎も角この件。借りておくぜ」
「必要無い。以前の一件を差し引いた所で、まだこちらが釣りを返さねばならん」
「そうかい。なら、勝手に借りておくとするわ。調子の悪いお前サンに、無理をさせちまったことに変わりはねぇからさ」
「フン……」
穏やかな時間の中。
テミスとルードがのんびりとし言葉を交わす傍ら、同じ荷車に腰を掛けたシズクとセレナが、何とも言えない微笑みを浮かべて視線を合わせた後、こっそりと笑い合う。
もうしばらくすれば作業も終わり、夕方ごろには戦勝の宴が催されるはずだ。
普段はああいった類の宴会など御免被るが、酔うことの出来る今ならば、飲み過ぎなければ楽しむ事ができるかもしれない。
そうテミスが、新たな楽しみに密かに胸を躍らせた時だった。
「んぁ……? なぁ、なんかこれ、おかしくねぇか? 今動いた気が……」
「お前もか! 俺もさっきから、ちっとむず痒い気がしててるんだよな」
素材の回収をしている冒険者の間にざわめきが広まりはじめ、皆が一様にして手元や足元へと視線を落とし、何やら不穏な声をあげ始める。
「……?」
そんな僅かな異変に気が付いたテミスは、首を傾げながらゆらりと荷車から立ち上がり、冒険者たちにざわめきの正体を問いかけるべく、ゆっくりとした足取りで一歩を踏み出したのだった。




