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156話 剣戟と謀略の狭間

 その一撃はライゼルにとって、大した攻撃ではなかった。

 被害らしい被害と言えば、軽いしびれと眩暈が生じただけ。それもただ一瞬の事で、体勢はすぐに立て直せる。


 しかし、その『一瞬』という空白は、テミス達と相対する最中においては大き過ぎる隙だった。


「セアアッ!!」

「ハァッ!」


 前後からの烈破の叫びが聞こえ、ライゼルは咄嗟に防御態勢を取ろうとカードに手を伸ばした。


「――っ!? しまっ……」


 だが、手を伸ばした先に目当てのカードは無く、指先は何も挟むことなく空を掻いた。

 直後。感覚と視界を取り戻したライゼルに、二つの攻撃が迫る。後方からは、その眩い黄金の髪を靡かせるフリーディアの刺突攻撃が。そして前方には、白く輝く半月状の斬撃がライゼルの首を刈らんと肉薄している。


「ぐッ……くそっ!!」


 ライゼルは焦りを吐き出すと、浮遊に使っている能力を解除した。途端にライゼルの体は急降下をはじめ、テミスの放った斬撃の射線から逃れ出る。

 馬鹿な奴め。もし今の斬撃が跳躍しての挟撃だったのなら、本気で危なかった。もしかしたら、彼女が不調だというのは本当なのかもしれない。

 ライゼルは落下する感覚を楽しみながら、心の中でニヤリとほくそ笑む。


「くっ――」


 バジィッ! と。フリーディアが息をのむ声と共に、ライゼルの背後で斬撃が着弾する音が響き渡った。

 これで、フリーディア様を気にする必要は無くなった。斬撃の直撃を受けて戦闘不能になってくれればありがたいが、そこまで求めるのは強欲というものだろう。だが確実に、あの斬撃を受ければ数秒間は動きが止まる。


 それで、十分だ。


 ライゼルは唇を吊り上げると、地上で大剣を振り終わった体勢のテミスを視界に納めた。奴の手を借りるまでも無かったな……。このまま急降下して、この攻撃の返礼をしてやればそれで決着だ。


「終わりだよ。やはり運命は変わらない。もう少し君の頭が回れば、結果はわからなかったはずだけどね」


 ライゼルがそう呟いてテミスへ手をかざすと、その動きに呼応して数枚のカードが射出された。


「フッ……そうだな。やはりどうあがいても、運命というもの(・・・・・・・)は変わらんらしい(・・・・・・・・)

「なっ――!?」


 しかしテミスはそう返すと、剣を振り切った姿勢のままライゼルに向かって鋭く跳躍した。そしてそれは、地面から離れる事によってそのまま下段の構えへと変化する。


「フリィーディアッ! 合わせろっ!」

「ええっ!」


 同時にテミスが咆哮すると、ライゼルの頭上から凛とした声が返ってくる。その声に思わず視線を上げると、そこには剣を地面に向けて構えるフリーディアの姿があった。


「くそっ――要らん借りをッ――」


 ギシリと言う歯ぎしりと共にライゼルが呟いた刹那。テミスの斬撃とフリーディアの刺突がライゼルへと襲い掛かった。


 ――ギャリィィンッ!!


 しかし、直後に響き渡ったのは凄まじいまでの金属音だった。


「なんだとっ!?」

「っ……!?!?」


 テミスとフリーディアの視線が交差し、互いが驚愕の表情を浮かべているのがわかる。

 激しい金属音の正体。それは、テミスの大剣とフリーディアの剣がぶつかり合った音だった。


「くっ……」


 微かに息を漏らしたフリーディアがクルリと宙返りし、テミスと共に地面に着地する。何が起こったのか、理解が追い付かなかった。


 斬撃の瞬間。確かに私達の剣はライゼルを捉えた筈だ。苦汁を舐める様なライゼルの表情から鑑みても、奴に打つ手は無かったはずだ。


「んっふっふ~……情けないわねぇ。やっぱり人間って所かしら?」


 テミスが素早く周囲に目を走らせると、頭上から聞き覚えのある声が降ってきた。あの戦場で何度も聞いたこの声は、間違いなくあの女のものだ。


「ドロシー……やはり貴様か……」


 ギラリ。と。上空を睨みつけたテミスの目に、恐ろしい程の殺気が籠る。それは単純にライゼルに向けていたものとは異なる、禍々しい何かが混ざっていた。


「今は、助かった……と言っておこうか」

「あら。なら次は助けなくてもいいのかしらね?」

「チッ……」


 テミス達の視線が向けられた上空で、ドロシーから身を離したライゼルが忌々し気に舌打ちをする。やはりと言うか何と言うか、ライゼルとドロシーは互いに反目し合っているらしい。


「まさか、軍団長であるお前がギルティアを裏切るとはな……まぁ、解らん話でもないが」

「裏切る? 私がギルティア様を? 笑えない冗談ね。ここまでコケにされると殺したくなるわ」


 大剣を構え直したテミスが鼻で嗤うと、挑発を受けたドロシーの体から濃密な魔力が漏れ始める。そもそもドロシーはギルティアの理想を理解していない。故に、私怨でも何でも、勝手に押し付けた理想に反したからと裏切る可能性は幾らでもある訳だが。


「ギルティアの理想を理解しているのなら、あの下らん施設を造りなどはしないだろう。そして、こうして魔王領であるファントを攻めるライゼルを助けた以上。もう言い逃れはできんぞ?」

「フン……いけしゃあしゃあと……鼠風情がよく喋る」


 ドロシーは加えて挑発を続けるテミスを見下すと、放っていた魔力を収めて冷たく言い放った。ここで決着をつけてやるのも悪くはないが、旗色の悪い今、この場で戦うのは愚策だろう。


「一度退くわよ。使えない捨て石のお陰で、ある程度は撤退できているわ」

「……っ! 逃げる気か? 大層な言葉を口にする割に魔女様はずいぶんと臆病だな? 前線でも最後方に引き籠ってばかりいるせいか?」

「安い挑発ね。お前が絶望に泣き喚く姿が楽しみだわ」


 いくら削ることができたかはわからないが、ここで体勢を立て直されては苦境に立たされる。そう察したテミスがすかさずに皮肉を投げかけるが、冷たくあしらったドロシーが何かを素早く呟くと、彼女の隣に黒い渦の様なものが出現する。


「フフッ……君達は本当に手ごわい……できれば、味方として出会いたかったよ」


 ライゼルはそう言い残すと、無言で渦の中に姿を消したドロシーを追ってその中へと消えて行った。


「チッ……退けたと言えば聞こえはいいが……」

「ええ。この場合は、逃げられた。の方が正しいわね」


 剣を下ろしたテミスが重々しく呟くと、フリーディアが頷いて応えた。もしも奴らが体勢を立て直したのならば……。


「もう、奇策も通用しまい……追うしかないだろうな」

「そうね……」


 テミスが状況を言語化すると、重苦しい雰囲気が二人の間に流れた。理解していた事ではあったが、こうして改めて言葉にすると、絶望の重みが違う。


「テミス様っ!」

「――っ!? サキュドか、どうした?」


 そんな中、テミスの脳裏に響いた声が、大きく状況を変化させたのだった。

2020/11/23 誤字修正しました


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