1668話 死闘の先
敵陣を縦横無尽に突貫する機動突撃戦法により、黒い騎士の軍勢は着実にその数を減らしていた。
周囲には砕け散った黒い鎧の残骸と、霧散していく塵のような粒子が漂い、その戦闘の激しさを物語っている。
最初は、整然と整列していた黒い騎士の戦列は今や見る影もなく、ただ戦場を駆けまわるテミス達の後を追って蠢くだけの烏合の衆と化していた。
「ゼェッ……!! ゼェッ……!!! ッ……!! クゥッ……!?」
テミスは荒々しい呼吸を繰り返しながらも、全霊の力を込めて大剣を振るい、未だ周囲を取り囲んでいる黒い騎士を斬り払った。
だが、既にその体力も気力も限界を超えており、応撃から自らの身を守る余裕は残っておらず、直後に繰り出された黒い騎士の刃が、セレナの施した防御を砕き貫いて肩口を掠め斬っていく。
「テミスさんっ……!!」
「大丈夫だッ!!」
迸る血の滴を置き去りにして駆けながら、テミスは己の身を案じたシズクの叫びに応えると、高々と振り上げた大剣を振り下ろし眼前の敵を更に砕いた。
「クッ……ォォ……!!」
「ウゥッ‥…!!」
「っ……!」
しかし、大上段から放つ一撃などという大振りな攻撃は、眼前の敵を打ち砕くには効果的ではあったが、当然の如く剣を振り抜いた後の隙も大きく、即座にテミスの刃を逃れた左右の黒い騎士の刃が、テミスを狙って殺到する。
けれど、テミスの隙を埋める筈のルードとシズクも、未だ先の一撃の際の敵に相対しており、即座に動く事はできなかった。
危機を目の当たりにしながらも動けない二人から漏れる苦悶の息。
それを耳にしたテミスは、静かに自らへ向けられた刃へ視線を向けると、致命の一撃だけは避けるべく僅かに身体を捻った。
「――灼熱の一閃ッ!!!」
だが、テミスへと向けられた刃が振り抜かれる事は無く、代わりに鋭い叫びと共に放たれた白熱する閃光が周囲の黒い騎士たちの兜を貫いていた。
驚きに息を呑んだテミスが視線を走らせると、そこでは呼吸を荒げたセレナが鬼気迫る表情で短杖を構えており、その先端からは薄く白煙が上がっている。
「助かったッ!!」
瞬間。
テミスはニヤリと口角を吊り上げてそう叫ぶと、大剣の切先を地面に突き立て、大剣を軸にして周囲を蹴り薙いだ。
すると、テミスの強烈な威力を誇る蹴りは黒い騎士たちを退かせ、テミス達を圧し潰すかのように間断なく襲い来る猛撃に僅かながら隙間が生じた。
当然。ルードたちがその隙を逃す筈もなく。
「シズクの嬢ちゃんッ! 合わせろッ!!」
「ハイッ……!!」
掛け声と共に飛び出した二つの影が、体勢を崩した黒い騎士を斬り倒し、生じた僅かな隙を更に大きなものへと食い広げた。
「まだまだッ!! いきますッ!! 大地の大杭ッ!!」
続けて、高らかに吠えたセレナが未だ白煙が薄く立ち昇る短杖を複雑に動かすと、テミスが斬撃によって切り拓いた前方に向けて大きな岩杭が放たれる。
岩杭は黒い騎士の鎧を貫く事は叶わなかったものの、直撃を受けた数体を巻き込んで大きく吹き飛ばし、テミスたちの周囲を包囲していた黒い騎士の群れに風穴を穿った。
「前方ッ!! 一時離脱ッ!!」
その瞬間を逃さず、テミスは鋭く指示を発しながら前へと駆け出すと、それを予測していたかの如く残りの三人も同時に黒い騎士たちの只中から脱出した。
絶え間なく続いていた戦闘の中で漸く訪れた僅かな凪の時。
久々に太陽の光の下へと躍り出た四人の姿は、まさに満身創痍という言葉を体現しているかの如くボロボロで、最前を切り拓き続けていたテミスは元より、側面を護っていたシズクとルード、そして後方からの支援に徹していたセレナも、無数の傷を受けて血を流していた。
だが……。
「あと50……いや……60程度……か……? ハハッ……! 随分と減らせたものだ」
「ハッ……ハッ……ッ……!! です……が……ッ!!」
「クク……こっちもいよいよ限界……だぜ……?」
ザクリ。と。
残った黒い騎士たちから距離を取ったテミスが、地面に大剣を突き立てて呻くような言葉と共に嗤うと、シズクとルードも堪りかねたかのように揃って獲物を突き立て、ドサリと音を立ててその場に崩れ落ちるように膝を付く。
「あと一息ッ……!! 粘りたい所ですが……!! うぅッ……!」
数秒遅れてテミス達の元へ追い付くと、一人身を翻したセレナは短杖を掲げて空中に魔法陣を描き始めるが、苦し気な吐息と共に淡い光で描かれていた魔法陣が霧散した。
「チッ……!! もう十分だ! お前達は下がれ! あとは……私がッ……!!」
仲間達はもう戦えない。
瞬時にそう判断したテミスが、フラリと大きく体をよろめかせながら、一歩前へと踏み出した時だった。
「行くぞォォォォッ!!! 突撃ィィィィッッッ!!!」
「ウォォォォォォオオオオオオオオッッッッ……!!!」
突如ビリビリと咆哮が響き、退いたはずの冒険者たちが雄叫びをあげながら残った黒い騎士たちの群れへ向けて猛然と飛び掛かっていったのだった。




