1667話 無謀の策略
雄叫びと共に、轟然と薙ぎ払われた漆黒の大剣が黒い騎士を捉える。
放たれた斬撃は鈍い音を奏でながら黒い騎士たちを粉砕するに留まらず、渾身の力を以て振るったテミスの身体をも巻き込んで突き進み、ザクリと音を立てて地面へと突き立った。
「っ……! 存外、脆いな……」
「へっ……馬鹿言え。お前の一撃が……ッ! そんだけ重てぇんだよッ!!」
「全くです……」
斬り込んだテミスに数拍遅れて、シズクとルードも黒い騎士と切り結ぶが、相手の防御ごと一撃を以て屠る事は叶わず、体勢を崩したテミスを護るように傍らへと並び立つ。
だがその間にも、黒い騎士たちの軍勢はテミス達を取り囲むように動き、周囲はテミスの斬り払った隙間を残して黒い騎士たち埋め尽くされた。
「包囲殲滅……か。悪くない手段だが、生きの良い獲物を迂闊に飲み込むと、腹を食い破られるぞ? このまま突貫するぞッ!!」
「応ッ……! セレナァッ!!」
「準備、できていますッ!! 守護防壁ッ!!」
地面に突き立った大剣を引き抜きながらテミスが叫ぶと、応じたルードが自らに追従するセレナの名を叫ぶ。
すると、短杖の先から薄青色の光を迸らせたセレナが声を上げ、短杖を高々と振りかざした。
瞬間。
セレナの短杖の先から淡く散った光はテミスたちの身体を覆い、僅かな燐光だけを残して虚空へと消える。
「守護防壁。その名の通り守りの魔法です。ですが、ほんのお守り代わりのようなもの……。過信はしないで下さい」
「わかりました! ありがとうございますッ!」
その身に燐光を纏いながら次なる斬撃を放ち、真っ直ぐに斬り込んでいくテミスの背にセレナがそう叫ぶと、横合いから一体の黒い騎士がセレナに狙いを定めて剣を振り上げた。
だが、振り上げられた剣が斬撃を化す事は無く、礼の声と共に傍らを通り抜ける風のように駆け抜けたシズクの刃が、黒い騎士の首を撫で斬りにする。
「オォッ!! ――ッ!! ア゛ァ゛ッ!!」
ゴィン! ガィンッ! と。
テミスが気合の籠った叫びと共に大剣を振るう度に、黒い騎士たちがまとめて薙ぎ払われていく。
だが、確実に屠る事ができているのは直撃を与えた数体のみで。
残りの黒い騎士たちは無傷でこそないものの、斬撃の威力を受けて吹き飛ばされただけで再び立ち上がってくる。
故に。テミスは軍勢の只中を食い破りながら突き進んでこそいたが、戦果としては芳しくなく、時折間隙を縫って襲い来る黒い騎士に対して、テミスは拳を以て応じていた。
「チィ……!! 嬢ちゃん!! 突出し過ぎだ!! それじゃあ庇えねぇッ!」
「問題無いッ! こちらはこちらで……何とかするッ!! 速度を落とすなッ!」
「テミスさんッ……!!」
「ッ……!!」
そんなテミスに、ルードが太刀を振るって自らも黒い騎士を叩き切りながら吠えるが、テミスが前進する足を止める事は無かった。
随伴するシズクも、側面から襲い来る攻撃を捌くのに精いっぱいで、時折反撃を交えて止めを刺してこそいるものの、テミスの前進の補助まではできていない。
「そうは言うが……このままじゃ持たねぇぞッ!!」
周囲から止めどなく振り注ぐ斬撃の雨。その圧力はルードの実力を以てしても苦しく、長く続けられるものでないのは明らかだった。
窮地における無茶な攻勢が死期を速める事をよく知っているルードの経験は、たとえ包囲されようともこの場で足を止め、テミスを含めた全員で防戦に徹するべきだと告げていた。
しかし……。
「抜けるぞッ! だが足を止めるな!! 旋回しつつ体勢を立て直した後、再突入する!!」
直後に響いたテミスの声はルードの胸中に立ち込め始めていた暗雲を打ち破り、同時に視界を覆い尽くしていた黒い騎士たちの軍勢が途切れる。
けれど、事前の指揮の通りテミスの足が止まる事は無く、黒い騎士たちの軍勢を抜けた後、大きく弧を描いて反転した所で漸く僅かにその速度を緩めた。
「よし。反転追撃だ。しかし……連中が単細胞で助かるな。見ろ……」
「っ……!! これは……!!」
軍勢から少し離れた位置でそう嘯いたテミスの言葉で、ルードたちは漸くテミスが敢行した無茶な突撃の意味を理解した。
黒い騎士たちの軍勢を突っ切って辿り着いたこの場所はいわば敵の最後方。
しかし、眼前に立ち並ぶ黒い騎士たちは標的であるテミス達の方へと向いている。
加えて中央突破を許した黒い騎士の戦列は大きく崩れており、整然とした方陣陣形からテミス達が抜けてきた中央が突出し、歪んだ凸型陣形へと形を崩しつつあった。
「さて……後何度続けられるか……」
最前にテミス、その後方左右にシズクとルード、そして中心にセレナ。と。
テミスは改めて突撃の為の陣形が組み直されたのを確認すると、頬を伝う汗を拭いながら小さな声で呟きを漏らしたのだった。




