1661話 決死の戦い
獣のような雄叫びが大気を震わせ、金属同士を打ち合わせたような鈍い衝撃音と共に、黒い兜が宙を舞う。
直後。
宙を舞った兜は黒い靄と化して大気に溶け、地に落ちる事無く霧散する。
一方で首を失った甲冑は、首を飛ばされた騎士が如くガシャリと音を立てて膝から崩れ落ちると、地面に倒れ伏しながら僅かな破片を残してその姿を消していった。
「クソ……何だってんだッ……! 全く……気味が悪りぃったらありゃしねぇ。煙みてぇに溶けやがるくせに、打ち合ってみりゃ馬鹿みてぇに固てぇときた……!!」
ルードは斬り捨てた黒い騎士を一瞥して吐き捨てると、同時に身体を捻って振り抜いた太刀で眼前を薙ぎ、無機質な動きで振り下ろされた新たな黒い騎士の一撃を受け止める。
「グゥッ……!! ク……クッ……!! ――ッ!!!」
強烈で重たい一撃は振り抜いた太刀によって阻まれ、ガギィンッ……!! と鈍重な衝撃音を響かせた。
しかし、斬撃を防ぐ事は叶ったものの、なおも圧し込まれる刃の圧力は凄まじく、ルードは固く歯を食いしばって太刀へと力を籠め抗うが、黒い刃はギシギシと嫌な音を奏でながら止まることなくその身へと迫ってくる。
だが、ルードへ迫っていた脅威はそれだけでは無かった。
ルードが斬り込んだのはいわば敵の只中。周囲には未だ数える事すら厭う程の黒い騎士がルードへと切っ先を向けている。
そんな周囲を敵に囲まれた状態で、動きを止めて鍔迫り合いに持ち込まれる事は死にも等しく、真正面から斬りかかった一体に僅かに遅れて、無数の剣がルードを切り刻むべく振り下ろされた。
だが。
「大地の大槍ッッ!!!」
凛と響いた声と共に、ルードへと殺到した黒い騎士たちの頭上から槍を模った大岩が降り注ぐ。
薄い石壁程度であれば易々と貫くほどの威力を誇る岩石の槍は、轟音を響かせて黒い騎士たちを圧し潰した。
だが、ルードですら手こずるほどの強度を持つ黒い騎士の甲冑を貫くには至らず、黒い騎士を下敷きにて壁のように聳え立った岩石の槍が怪し気に揺れ動く。
「六連……! しかもこいつぁ……!! へへ……嬉しい誤算だぜ……」
「っ……!!! ルードさん!! 限界です!! 退きましょうッ!!!」
セレナの放った岩石の槍へチラリと視線を向けた後、ルードは大きく跳び退くと、飲み干した水薬の瓶を投げ棄てて叫ぶセレナの隣へと着地する。
制御の難しい高威力な魔法を、敵の間近で切り結んでいたルードを巻き込むことなく打ち込んでみせたセレナの腕は、冒険者で評するのなら間違い無くA級に達する力量だと言えた。
けれど、それ程の腕を持つセレナの魔法を以てしても、黒い騎士を倒し切る事はできないという事実に、ルードは改めて戦慄を覚えていた。
「俺も……退きてぇのはヤマヤマだけどな……」
「私の水薬もあと数本しかありません!! これ以上戦うと退く事も出来なくなります!!」
「チィ……!! 見ろよ。もう足並みが戻ってやがる。まだ大した時間も稼げちゃいねぇ。冒険者たちの撤退は済んでねぇはずだ。この調子で進まれたらまずいぜ」
「それでもです!! もう十体以上倒しているのに、ぜんぜん足を止められていないじゃないですか!! 私達だけじゃ無理です!!」
ルードが大きく距離を取って言葉を交わすと、黒い騎士たちは一様に戦闘態勢を解き、再び列を成して何事も無かったかのように進行を再開する。
その一糸乱れぬ機械的な動きは、見る者に何処か悍ましさすら覚えさせ、相対するルードたちの頬に冷や汗が浮かぶ。
「……セレナも今見てただろ。冒険者じゃ盾代わりにしかならねぇ。ここで食い止めねぇと犠牲者が増えるだけだ」
「その為にルードさんが死んでしまったら意味が無いでしょうッ!!! 今頃、町では避難が始まっているはずです!! 私達が盾代わりにでも何にでもなります! ですからルードさんは一体でも多く……奴等をッッ!!!」
「ッ……!!」
歯噛みをしながら言葉を返したルードに、鬼気迫る気迫を纏ったセレナが一喝した。
その言葉には決死の覚悟が籠っており、自身をも含む冒険者たちの命を盾に、戦う術を持たない町の住人たちを一人でも多く逃がすべきだと告げていた。
同時に、ルードは理解する。
テミス達の作戦を知るルードにとって、時間を稼げばテミス達に託す事ができるが故に、現状は絶望して諦めるには未だ早過ぎる。
だが、そんな事を露とも知らないセレナには、眼前に脅威に抗う術は既に無く、ゲルベットの陥落は最早逃れ得ない事実なのだ。
それでも尚、セレナは絶望に膝を折る事も無く、一人でも多くの命を救わんとしているのだ。
「……セレナ。あと少し――」
そんなセレナの気高さに、ルードが真実を告げんと口を開きかけた時だった。
ゴッ……シャァァァァッッ!!! と。
突如どこからともなく飛来した一振りの剣が、風切り音を奏でながらルードたちの頭上を通り過ぎ、淡々と進行を続ける黒い騎士たちの一体を貫いたのだった。




