1657話 秘されし一閃
バギィンッ……!! と。
重たくも澄んだ音を響かせながら、セレナの放った氷の槍が地竜へと命中する。
しかし、氷の槍は分厚く固い竜鱗に阻まれ、地竜の身体を穿つ事は無かった。
けれどその効果が全く無かったという訳では無く、地竜は悲鳴のような鳴き声をあげながら、グラリと大きく体を傾がせた。
「ッ……!!!」
刹那。
地竜の側面へと回り込んだルードは大きく跳び上がると、地竜の脚を蹴って更にその山のように大きな身体を駆け上がり、背の上へとよじ登った。
そこは、四方全てが危険であるが故に、防御や回避に秀でたもの以外が近寄る事は自殺行為に等しいと言われている地竜の、唯一の安全地帯だった。
尤も、自らの刺客である背によじ登らせるなど、本来ならばルードの迅さと腕前を以てしても不可能な事なのだが、セレナが地竜へと叩き込んだ氷槍の一本が顔面を捕らえたお陰で意識が逸れ、こうして辿り着く事が叶ったのだ。
「本当……良い腕してるぜ……。地竜の背中によじ登るなんざ、俺だって初めてだ」
既に地竜も、ルードが自らの背によじ登っている事を理解しているらしく、怒りの咆哮をあげながら身を捩り、ルードを振り落とすべく暴れ回っていた。
だが、ルードは揺れる足元をものともせずに背を伸ばすと、ひと際高くなった位置から周囲を見渡して清々しく呟きを漏らす。
「さて……だけど、あんまのんびりもしてられねぇよなぁ……」
しかし、一気に開けたルードの視野に映るのは、無数に押し寄せる魔物の群れと、地獄のような戦場ばかりで。
ルードは小さなため息を一つ吐くと、手に携えた太刀の切っ先をゆらりと天へ向けて構えを取る。
「お前さんのような相手だ、どうやってなるべく被害を出さずに倒そうかと悩んでいたんだがな……どうやら一撃で済ませられそうだ」
自らの足の下で、尚暴れ回る地竜へ向けてそう嘯くと、ルードは高々と構えた太刀に力を籠めた。
竜種の中でも、空を駆ける翼を持たない地竜の竜鱗は特にぶ厚く固く、鋼を鍛え上げた程度の武器では細かな傷一つ付ける事は叶わない。
故に。地竜を倒すためには、竜種の急所である胸元の逆鱗。この隙間を深々と穿ち抜き、その奥で脈付く心臓を貫くのが一般的だ。
だが、ルードの剣技と愛刀を以てすれば、深く斬り込めば地竜の鱗とて切り裂く事はできる。
「お前たち……!! ちぃっと離れてろ!! 危ねぇぞッ!!」
「っ……!!」
ルードは眼下でセレナの支援を受けながら応戦する冒険者たちに注意を促してから、グラグラと揺れる足場へ視線を向けて狙いを定めた。
視界の端では、ルードの到着後も暴れる地竜を抑えんと奮闘していた冒険者たちが、瞳をきらりと輝かせて素早く後退していく。
「首か心臓か……まぁ、派手に倒すんなら首を落とすのが良いんだろうが……。こうも暴れ回ってちゃあ被害が出かねねぇか」
一目見ただけでも分かるほど分厚い鱗と筋肉に覆われた首と背の間に、視線をさまよわせながら呟くと、ルードは狙いを心臓へと定めて静かに腰を落とす。
首を落とせば、大物を討ち取ったというわかり易いアピールになるし、その派手さからも冒険者たちの士気は格段に上がるだろう。
だが、今も尚ルードを振り落とさんと暴れ狂っている地竜の首を落とせば、千切れ飛んだ首が何処かへ飛んでいくのは必然で。
こんな乱戦の最中でそんなものが放たれてしまえば、大きな被害が出るのは目に見えている。
「スゥ……ハァッ……スゥッ……!!」
目を瞑り、深呼吸を一つしてルードは精神を集中させると、静かに目を開いてその鋭い光を宿した瞳を露にする。
足場は酷く揺れ動く所為で最悪。力を込めようとも、どうしても姿勢を制御する方に意識を裂かざるを得ない。
地竜の竜鱗を切り裂くには、力だけではなく技も必要だ。つまるところ、そのどちらが欠けていれば、竜を屠す事は叶わないだろう。
「……やれやれ。仕方がねぇか」
――テミスの嬢ちゃんにばかり、無理や無茶をさせるってのも格好が付かねぇしな。
皮肉気に釣り上げた唇から気怠げに言葉を漏らすと、ルードは体内で練り上げた魔力を振り上げた太刀へと送り、一つの魔法を発動させる。
それはかつて、ルードが勇将の名を冠していた頃。最も愛用していた魔法で。
効力は刃に纏わせた魔力によって、振るう斬撃の威力と鋭さを跳ね上げるというだけのものだ。その効力故に、他の軍団長が有する魔法に比べて地味なせいで、当時の副官達にはよく苦言を呈されていたのだが……。
「へへっ……!! 今ほど、コイツが地味な魔法で良かったと思った事はねぇぜ!!」
パリリ……! と。
刀身に帯びた魔力が紫電に似た迸りと共に弾ける音を聞きながら、ルードはそう嘯くと高々と振り上げた太刀を以て、地竜の背を目がけて一振り斬撃を放った。
瞬間。
ルードの足元で暴れ狂っていた地竜はビクリとその巨体を震わせて動きを止める。
そして、一筋の細い線が地竜の身体を走ると同時に、地竜はまるで操り糸を切られた人形のように、地響きを響かせながら力無くその場へと崩れ落ちたのだった。




