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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第26章

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1650話 強欲なる望み

「私の望みはただ一つ。テミス様……あなたには、我々双月商会付きの用心棒となっていただきたい」


 テミスの問いに、ハクトは挑むようにテミスの目を見据えて静かに口を開いた。

 だが、その望みはあまりにも高く、ハクト自身この要求がそのまま通るなどとは思っていない事は明白だった。


「ハッ……用心棒ね。期間は?」

「期限はありません」

「話にならん。私がお前達の用心棒になるなどあり得ん事くらい解るだろう。だというのに、更に無期限だと? 冗談を言いに来たのならばさっさと帰れ」

「いえ。冗談などではありません」

「…………」


 この手は交渉事において、よく用いられる手法の一つだ。

 そう胸の内で冷笑を浮かべながら、テミスは敢えてハクトに手札を全て晒させるべく問いを重ねる。

 しかし、ハクトは無茶な要求に無茶を重ね、テミスはもはや一考する事にすら値しないと断ずると、吐き捨てるように言い残してその身を翻した。

 けれど。ハクトはその背に向かって真面目くさった声を投げかけ、そのあまりにも荒唐無稽な要求に興味を引かれたテミスは、背後を振り返ることなく踏み出しかけた足を止める。


「ならば問おう。対価は何だ? お前は交渉だと宣ったんだ。どれ程の掛け金を積み上げてみせる?」

「何でも」

「っ……!?」


 テミスの問いに対して返されたハクトの答えは、至極単純で短いものだった。

 何でも(・・・)。つまりハクトは、一生を以てしても使い切れない金であろうと、伝説の中にしか存在し得ない妙薬であろうと用意する。そんな白紙の小切手を切ってみせたのだ。


「……正気か?」

「勿論ですとも。それだけ、今の我々は貴女を欲しているのです」

「ククッ……! 少しだけ……ほんの少しだけ面白かったぞ。一時の利をかなぐり捨ててでも、最終的な利益を見据えて動くお前の志だけは見上げたものだ」

「当然、テミス様にも損はさせません。我々も、貴女も得をしなければ取引とは言えません」


 思わず問い返し、微笑みを漏らしたテミスの態度に勝機を見出したのか、ハクトも僅かに微笑みを浮かべて言葉を重ねる。

 だが、そもそもこの地に留まるつもりなど毛頭ないテミスにとって、無期限の用心棒契約など如何なる利を積み上げられたところで結ぶ気は無く、この問いもただ興味が先走っただけなのだ。


「残念だが……何を積まれようと私がお前達の軍門に降る気は無い」

「ッ……!! 何故です……!!? そ、そうか……! 貴女が治める町の事ならばご心配には及びません。平時はお帰り頂いて結構ですし、町の運営など双月商会(われわれ)からもご協力できる点はいくつでも――ッ!!?」

「…………」


 ゆっくりと振り返りながら答えたテミスに、息を呑んだハクトは何かを悟ったかのようにピクリと眉を跳ねさせ、得意気な笑みを浮かべて利を重ねた。

 だが、ハクトの宣伝(・・)が最後まで紡がれる事は無く、突如として殺気を纏ったテミスの射殺さんばかりに注がれる視線が、彼の犯した間違いの大きさを物語っていた。


「ぁ……ぐっ……っ……?」

「一つだけ……。一つだけ、忠告しておいてやろう」

「ッ!!?」


 ゆらり。と。

 平坦な声で紡がれる言葉と共に蛇のように伸びたテミスの手が、瞬く間に赤錆びた門の隙間を潜り抜け、逃れる間も無くハクトの胸倉を掴み上げる。

 直後。テミスは腕を引いてハクトを門扉へ押し付けながら、自らも額を門へと叩き付け、憤怒の形相で言葉を続けた。


「もしもお前に、ファントに進出しようなどという野心があるのならば、今すぐにでも捨てておけ。出入りの商人連中に一枚噛もうなどとも思うな。私は双月商会(お前達)のやり口が気に食わん。私は双月商会(お前達)を、今後一切ファントに関わらせる気は毛頭無い」

「がッ……ぁ……ッ……!!? な……ぜ……ッ……?」

「理由を聞く前にまずは頷け。さもなくば交渉も何も無い。この地を去る前に双月商会(お前達)を叩き潰してやる」

「ッ……!! っ……!!! ッ……!!!!」

「…………」


 テミスが赤錆びた門がギシギシと怪しい音を立てるほどの力を込めながら、殺意の籠った低い声でそう告げると、ハクトは堪らず門に頬を擦り付けるようにしてコクコクと何度も頷いてみせる。

 それを確認して初めて、テミスは腕に込めていた力を抜くと、胸倉を掴み上げていた手を離してハクトを解放した。


「……数打ちの品の質が上がるのは悪い事ではない。だが、お前達のやり方では、決して目を見張るような名品が出来上がる事は無い。それが理由だ」

「ゴホッ……!! ゲホッ……!! で……ですがッ……!!!」

「理解できずとも構わん。しかしその様子を見るに、お前とこれ以上話をする事は無さそうだな」


 地面に尻もちをついて咳き込むハクトを、テミスは氷のように冷たい目で見下ろして、淡々とした口調で吐き捨てるように告げる。

 そして、自らの言うべき事を言い終えるや否や、門へクルリと背を向け、館へ向けて足早に歩き始めたのだった。

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