154話 弱さと言う名の武器
「進めっ! 我らの一撃を以て、この下らん戦いに幕を引くぞ!」
「オォッッッッ!!!」
盛大な号令と共に、ファントの重厚な防護壁から吐き出された軍団が土煙を上げて疾駆する。
一つは、ルギウス率いる第五軍団。
一つは、テミス率いる第十三軍団。
一つは、フリーディア率いる白翼騎士団だ。
しかし、平野を駆けるその大軍には、一つだけ妙な点があった。
魔族を中心とする一団が明確に分かれているにも関わらず、白い甲冑に身を包んだ人間の兵士たちと、漆黒の甲冑に身を包んだ魔族たちは、激しくかき混ぜた水と油のように細かく入り乱れていた。
「本当に……良いのね?」
確認の意味を込めて、テミスの傍らを走るフリーディアが問いかける。今回の攻勢で、テミスたちは全ての正規兵を攻撃に充てていた。無論。敵の総本山を叩くのだから、彼我の戦力差を鑑みれば当たり前なのだが、本当に一兵卒すら残さず、自警団のみを残して出撃する胆力には毎度の事ながら恐れ入るものがあった。
「ああ。背後の心配はない。後は我らが連中を突き崩してやればそれでいい。第二軍団の連中を捉えられれば完璧だな」
テミスはそう答えると、その白銀の髪を風になびかせながら、大きく唇を吊りあげて笑う。
「…………」
テミスのこの表情は、一体何を意味しているのだろうか。その横顔を眺めながら、フリーディアは思案した。
この町は本当に平和だった。住む人は笑い合い、それを守護するテミス達も共にそれを享受している。だからこそ彼女は、自らの不在の時にファントが襲われた時、私達を頼るほど狼狽えたのだろう。
だけど、彼女の謳う正義の道は修羅の道だ。悪を殺し続けたその先で自らも斃れたのならば、間違いなくこの町の笑顔は曇ってしまうだろう。
「ねぇ……テミス――っ!?」
自分でも、彼女にどんな言葉を紡ごうとしたのかはわからない。だというのに、まるでその先に続く言葉を知っているかのように、テミスは優し気な笑顔を浮かべてフリーディアの口元に、ピンと立てた人差し指をあてがった。
「何を想おうと、戦場に迷いは持ち込むな。それは自らの刃を腐らせる猛毒だぞ」
「……そう、ね」
フリーディアはテミスの言葉にコクリと頷くと、呼吸を整えて正面を見据える。今はただ、この町を護ることを考えればいい。それだけはきっと、私とテミスの間でも、違う事のない正義のはずだ。
視線を上げた先ではテミスが予見した通り、突然の襲撃に右往左往している敵兵たちの姿が見える。
「フッ……遅れるのなら容赦なく置いていくぞ!」
その様子すら歯牙にもかけず、テミスは自らの大剣を振るって敵の陣を切り裂いて突入した。
「っ! 解っているわよ!」
フリーディアもまた、テミスの切り開いた陣幕の隣の陣幕を切り裂いて、広大な敵陣地へと踏み込んだ。
「手を緩めるな! 片端から殺せ! 我らが平和を守るのだ!」
そう声高に叫びながら、テミスは叫びをあげる兵の背に大剣を突き立て地面へと縫い留める。同時に、絶望と涙で顔を歪めた兵士がそこへ切りかかるも、返す手で大剣を薙ぎ両断する。
「退きなさい! 平和を乱すあなた達を赦すわけにはいかないわっ!」
その姿を視界の端に納めると、その光景を振り払うように首を振ったフリーディアが声を上げた。せめて、一人でも多く退いてくれるのなら……。それは、ファントの勝利を目指しながらも、自らの正義を貫くフリーディアのせめてもの抵抗だった。
「フン……甘い奴め」
テミスはそう呟くと、前方を逃げ惑う兵の背を猛禽のような目で睨みつける。奴の主義思想がどうあれ、私が行う事に変わりはない。薄い笑みを浮かべたテミスはその背に飛び掛かると、地面に蹴り倒してその胸を踏みにじった。
「ごぼっ……なん……で……俺ッ……は……退い……」
「おやぁ? ここはファントを強襲せんと企む連中の巣穴ではなかったのか?」
「ぼはっ……あ……がぼっ……」
そのまま、テミスがギリギリと足に力を籠めると、行き場を失った空気が強制的に体外へと排出され、酸素の供給を絶たれた兵士が苦し気にうめく。
「まさか、そのようなナリで商人を名乗るつもりか? 剣を提げ、鎧をまとった輩を大勢擁する商隊など、私は一つも知らんがなぁ?」
べきりと。テミスの足元で嫌な音が鳴り響き、足元の兵士はそれっきりピクリとも動かなくなった。
「テミス……」
「質問には答えよう。ここは戦場でこいつは敵……加えて言うのならば、役目をきちんと果たしている」
「っ――!?」
兵士の亡骸から足を下ろしたテミスにフリーディアが駆け寄ると、テミスは空を顎で示して苦々し気に吐き捨てた。
「正確には、果たさせられた……と言うべきか。ライゼルの奴め……とうとうなり振り構わんらしい」
テミスの示した先ではちょうど、宙を舞う魔族たちが構えた魔方陣から、様々な魔法が一斉に放たれた所だった。
2020/11/23 誤字修正しました