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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第26章

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1640話 利と心

「……追撃は、難しいと思います」


 ボソリ。と。

 か細い、しかし芯のある声でテミスの問いへと答えを返したのはエルリアだった。

 実のところ、テミス達の捕虜となってからというもの、エルリアが口を開いたことはほとんど無く、親しい筈のアドレスが心を砕き、テミス達に彼女との面会を要求する程にはずっとふさぎ込んでいた。

 尤もテミス達も、親しかったであろう仲間を間近で喪ったエルリアの精神的苦痛の大きさは理解していて、ある程度の配慮を心掛けてはいたのだが……。


「根拠は?」

「商会が持っている戦力は私たちの部隊だけでした。私達が壊滅した今……皆さんに向けられる戦力は居ないと……思います……」

「フム……お前はどうだ? アドレス」

「はい。私が知っている事も概ねエルリアと同じですが、私は襲撃に備えるべきかと愚考します」

「ッ……!」

「ホゥ……?」


 テミス達と視線を合わす事無く紡がれたエルリアの意見を聞いたテミスは、静かに一つ頷いた後、彼女の隣に肩を並べているアドレスへと問いかける。

 すると意外にも、返ってきた答えはエルリアとは真逆のもので。

 瞬間。ビクリと僅かに肩を震わせたエルリアを視界の端に捉えながら、テミスは興味深げに息を吐いた。

 こういった場合、端的に捉えるのならばどちらか片方が嘘を吐いていると考えるのが常道だろう。

 だが、テミスは早々に誤った情報を掴ませ、こちらの攪乱を狙っていると判断するのは早計であることを熟知しているが故に、視線を静かにアドレスへと向ける。


「私たちの他にも、近頃の双月商会は冒険者を多く有しています。現在はその動員に時間がかかっているだけかと」

「つまりは、あと数日もすればここに、大勢の冒険者連中が我々を殺すべく押し寄せてくる……と」

「そん……な……ッ……」

「恐らくは」


 視線を受けたアドレスが淡々と言葉を続けると、テミスは薄い笑みを浮かべて彼女の意を一言にまとめた。

 それを聞いたエルリアは、ショックを受けたかのように大きく目を見開いて息を呑んでいたが、アドレスは悲し気な表情でチラリとエルリアへ視線を向けた後、テミスの言葉を首肯する。


「二人の意見はわかった。参考にさせて貰おう。それを踏まえて……だ。お前はどう見るんだ? ルード」

「…………。はぁ~……やれやれ。ったく、疑り深いねぇ……。仕方ねぇけどよ。これでも俺ぁ頑張ってんだけどなぁ……」


 正直な事を言うのならば、テミスにとってアルリアとアドレスの意見は二の次だった。

 既に二人へと向けられていた視線はルードへと注がれており、テミスがエルリア達の意見を重視していないのは明白に見て取れた。

 だが、当のルードは相も変わらず飄々とした態度を崩す事は無く、大袈裟なため息と共に肩を竦めてみせると、ボリボリと後頭部を掻きながら緩んだ声で口を開く。


「奴さん……ハクト商会長の性格からして、まぁた仕掛けてくるのはまず間違いねぇと思うぜ。アイツは根っからの商人だ。こと損害を出すことと儲けを得ることに関しちゃ厭になるほど諦めが悪い」

「なるほど。お抱えの私兵団を潰した私は、たとえ新しく冒険者たちに甚大な被害を出してでも殺したいほど憎いって訳か。随分と恨みを買ったものだ」

「いんや……そいつは間違ってるぜ」

「なに?」

「言っただろ? 奴さんは商人だ。損得に固執する事はあっても、恨みや憎しみ程度で損を呑み込む奴じゃねぇ。利があると判れば、アイツはきっと親兄弟を殺した相手とだって手を取り合うだろうさ」

「っ……!! 馬鹿な……。いや、たとえそれが正しいのならば、これ以上刺客を差し向けてくる事は無いのでは?」


 静かな声で紡がれたルードの分析に、テミスは密かに息を呑むと、理解できんと零れかけた感情を呑み込んで言葉を続ける。

 如何に厳しく己を律しようとも、ヒトが感情を有する以上、それを完全に己が行動や判断から切り離すのは不可能だ。

 だが仮に、ハクトが可能な限り合理的な判断を下す人格を有していたとしても、甚大な被害が出るであろう追撃という判断は、ルードの分析とは矛盾していた。

 何より肝心の『利』がない。そうテミスは思っていたのだが……。


「馬ぁ鹿。何言ってやがる。あんまし、こういうコトぁ言いたくねぇんだが……元・魔王軍軍団長で黒銀騎団のアタマ張ってるお前さんを得る事ができれば、この町の冒険者全員を犠牲にしても十分過ぎるほど釣りがくらぁ」

「ッ……!!!」


 『殺す』のではなく『従える』。

 再び深いため息を吐きながら放たれたルードの言葉に、テミスは自らの身体に震えが走ったのを自覚した。

 確かに、テミスを服従させる事ができれば、それは即ち黒銀騎団を傘下に収めたに等しいと言える。

 同時に、表向きは協調体制を取っている白翼騎士団の協力も得られると考えれば、それは確かに大き過ぎる『利』だった。


「……仕方が無い。幸運にも、この館は籠城するには向いている。こちらの用件を優先させ、邪魔になるようならば叩き潰すしかないな」


 しばらくの沈黙の後。

 他者から見た自身の価値を再認識したテミスは、うんざりとしたかのようにゆっくりと首を振ると、酷く気怠そうに結論を出した。

 だが……。


「あ~……ソレなんだが……。何つーか……連中を今嬢ちゃんたちに潰されちまうと、すげぇマズいんだよなぁ……」


 ルードもまた、酷く面倒くさそうにがっくりと肩を落とすと、まるでその内心を体現したかの如くぐんにゃりと体勢を崩してそう零したのだった。

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