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153話 目的と常識

 明朝。テミスはフリーディア達が迎えに来るより早く、準備を整えて軍団詰所の前に立っていた。


「まさか……治療魔法というものがあそこまで辛いものだとはな……」


 テミスは苦笑いと共にそう零すと、空を見上げて昨夜の地獄を振り返った。

 傷自体を治療する方法はすぐに見つかった。故に、体調自体は万全なのだが、その内容が問題だった。


「これは、自己治療をするのは避けるべきか……」


 テミスは考え込むと、突如脇腹を押さえて身震いをする。

 こうして少し思い出しただけでも、あのムズムズとした感覚が押し寄せてきて、笑い声が漏れてきそうだ。


 そう。治癒魔法は凄まじくくすぐったいのだ。

 どういう原理なのかは知らないが、じわじわと治っていく傷の神経全てを優しく撫でられている感触というか……脇腹をくすぐられているのに近い感覚を、連続して味わう羽目になった。


「ハァ……生き地獄とはまさにあの事だ」


 実にくだらない一件ではあったが、自らの力を隠している私にとって、その感覚は拷問に等しかった。くすぐり倒されているというのに声を抑えなくてはならないあの苦痛……自己治療が必要な大けがなど、二度とするものかと心に誓うのは容易い事だった。


「っ! テミス……早いのね」

「まぁな。こちらの準備は万全だ」


 テミスが昨夜の苦労を回想していると、道の向こうから息を切らせたフリーディアとルギウスが駆けてきた。恐らく、私が病室に居ない事に気が付いて、大急ぎでこの場所までやってきたのだろう。


「約束通り、確認はさせてもらうわ」

「ああ。構わんとも」


 テミスはフリーディアの言葉に頷くと、おもむろに自らの上着をめくり上げて傷口のあった箇所を空気に晒した。


「ちょっ……って……嘘……」


 何を焦ったのか、その手を止めようとしたフリーディアが硬直し、その表情が驚愕に彩られる。何故なら、テミスの傷があった場所には、完全に癒着した薄い傷跡が残っていただけだったのだ。


胸元(こっち)は勘弁してくれ。流石にこれ以上衆目に肌を晒すのは示しがつかん」

「……普通は、たとえ腹だろうとみだりに肌を晒さないと思うけどね」


 苦笑いと共にテミスがそう言うと、視線をそらしたルギウスが微かに頬を染めて指摘する。チェストプレートで戦場に立つ女兵士が居る世界なのだ。腹くらい別にどうという事は無いと思うのだが……。というかルギウス、それを言うのならば、お前の副官はどうなる? 完全に痴女じゃないか。


「テミス様。何にお目覚めになったのかは知りませんし、私的には大歓迎ではありますが、軍団長たる者その辺りは弁えていただけると嬉しいのですが」

「…………お前が言うなサキュド」


 テミスが届かぬ抗議の視線をルギウスに投げつけていると、その背後から不意にあくびの混じったサキュドの声が響いてくる。これはとうとう、私の方がおかしいという事なのだろうか……。


 苦し紛れに言葉を返しながら、テミスは内心で冷や汗を流した。いくらこの体に慣れてきたとはいえ、こういった価値観を迅速に変えるのは難しい。故に、目立たず騒がず……ゆっくりと浸透させていくべきなのだ。つまり、早急に話題を変える必要がある。


「それよりも、もういいか? フリーディア。流石にここまで言われているのに腹を出し続けられるほど、私の心は丈夫ではないのだが」

「っあ……! え、えぇ……ひとまず、何故か傷が癒着している事だけは理解したわ。あなたがその、治療魔法が扱えるという事もね」

「っ…………。……。」


 ため息と共にフリーディアが体を離すと、テミスの視界の端でルギウスの唇が音もなく開閉された。


「フム……」


 恐らくは、そういう事なのだろう(・・・・・・・・・・)。だが、ルギウスがこの場で言及しないと決めた以上、それを訪ねる理由もない。見えている蛇をわざわざ藪を突いて飛び出させるほど、間抜けになったつもりはない。


「では、始めようか」


 テミスは前置きをすると、サキュドの運んできた大剣を受け取って口角を吊り上げる。支払った対価のお陰もあってか体調は良好。最早万全と言って差し支えないほどに体は軽い。


 大剣を肩に担ぎ、軽々と振り回す。その漆黒の刃に裂かれた大気が悲鳴を上げ、甲高い風切り音となって周囲に轟いた。


「さて……これで問題ないかな?」


 一通り剣を振り回した後、テミスはフリーディアを振り返って首を傾げる。治癒魔術の存在を知っているルギウスは最早反対する理由は持ち合わせていないだろうから、あとはフリーディアを頷かせれば、すぐにでも攻勢に出る事ができる。


「…………わかったわよ。だけど、今度は私の隣に居る事。良いわね?」

「ああ。もとよりそのつもりだ。こちらが攻めるのは敵の前線基地。油断が必至とはいえ、ライゼルとドロシーを一人で相手にするのは流石に御免被る」


 できればもう二度と、魔王城に攻め入った時のように無謀な戦いを挑むのは避けたい。


「では、総員に通達だ。これより我々は連中を叩き潰すぞ!」

「了解ッ!」

「ああっ!」

「わかったわ!」


 テミスの号令と共に、各々の掛け声が朝のファントに響いたのだった。



2020/11/23 誤字修正しました

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