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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第26章

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1637話 追い詰められし兎

 ゲルベットの町は時に商業都市とも呼ばれ、僅かな時間で大きな都市へと成り上がったこの町を妬みやっかむ者達の間では、成金都市と呼ばれる事もある。

 そんなゲルベットの町を一躍大都市へと発展させたのは、他でもない双月商会であり、旧来の店々を圧倒的な資本を以て蹂躙して吞み込んでいく彼等のやり方には賛否あれど、客として店を利用する者達には、その価格の安さからおおむね好評を得ていた。

 業績は好調。近頃ではこの地の冒険者ギルドをも淘汰し、更なる躍進を遂げる。

 商会長であるハクトを含め、誰もがそう考えて疑わなかったのだが……。


「っ……!!! ぐくッ……ぬぐぐぐぐぐぐぐッ……!!! クソッ……!! クソッ!!! クソぉッ……!!!! 何故だ!! 何故こうなるッ……!! 全くどいつもこいつも使えないッ……!!! 考えるという事をしないのかッ!!」


 ズドンッ!! と。

 怒りと共に机へと振り下ろされた渾身の拳が重たい音を奏で、ハクトの執務室の中に響き渡る。

 双月商会の建物の最上階に位置する商会長室を兼ねたこの部屋は、ハクトにとって自らの家同然の場所だった。

 故に、執務に疲れを感じた際に飛び込むことの出来るふかふかのソファーや、お気に入りの飲み物や軽食専用の貯蔵庫など、様々な癒しがこの部屋には点在している。

 しかし、今のハクトを襲っているのは、それらすべてを総動員したところで敵わぬほど煮え滾る怒りで。

 叩き付けた反動でズキズキと痛む拳を震わせながら、ハクトは忌々し気に悋気を漏らし続けた。


「夜兎部隊は壊滅ッ!! 唯一生き残ったクロウも半死半生の重症だと……!? 大馬鹿がッ……!! これでは意味が無いッ!! 今がどれほど重要な時なのか理解していないのかッ!!?」


 胸を焦がす苛立ちに、ハクトは衝動を抑える事ができずガリガリと頭を掻きむしると、そのままの格好で机に伏して動きを止める。

 もしもこの場に、ハクトのこの姿を見る者が居たならば、普段彼が見せている溌溂とした装いとのギャップも相まって、発狂死してしまったのではないかと疑っただろう。

 けれど、誰にも見せる事が無いこの姿こそ、ハクト本来の飾らない姿だった。


「も~嫌だ。ふざけるな。計画が滅茶苦茶じゃないか。私がどれだけ時間をかけて、骨身を削り、苦悩を重ねた計画だと思っているんだ。だというのに、好き勝手に動き回った挙句、被った損害は甚大。こんな大穴……どうやって補えというんだ」


 机に伏したまま、しばらくの間ピクリとも動かなかったハクトだったが、やがてゴロリと寝返りを打って顔を横へと向けると、悪夢にうなされているかの如くブツブツと呻きを漏らした。

 その視線の先あるのは、件の事柄について書かれた報告書で。

 孤児や身寄りのない者達を集めて鍛え上げた私兵団の精鋭を失い、その部隊長を務めていたクロウも半死半生の大怪我を受けて戦闘不能。残った戦力と言えば、冒険者ギルドから引き抜いた冒険者たちしか居らず、双月商会は擁する戦力の半分以上を失っていた。


「……降って湧いた戦力に飛び付いたのがいけなかったか」


 悔しさを噛み締めるように零して、ハクトはぎしりと歯を食いしばる。

 テミスに関わるな。絶対に触れちゃいけねぇ。ハクトはそう幾度となく繰り返されたルードの忠告の真意が、今になって漸く理解できていた。

 いくら縁を紡ごうとも、いくら利を積み上げようともまるで意味が無い。

 ハクトとて、そういった者達が存在する事は知っていたし、彼等が決して売り渡すことの出来ない芯を持っている事も理解できる。

 けれど。得てしてそういった手合いの者達は他者に理解されづらく、最後には時流という名の大きな波に飲み込まれていった。

 だからこそ。今回もそうなる筈だ。

 これまでの経験則から、ハクトは揺らぐ事無くそう確信していたのに……。


「だって……仕方が無いじゃないか……。あのルードを引き入れる事ができたんだ。ならばもっと強く……もっと強固に……!! そう求めるのは間違いだったのか……?」


 もはや取り返しの効かない現状に、ハクトは遂に声を震わせると、まるで底の見えない闇のような後悔に飲み込まれて一筋の涙を零した。

 今から新たに冒険者をかき集めた所で、この途方もない大穴が埋まるはずも無く、そもそも支援や偵察に特化して育て上げた彼等は、そこいらの冒険者風情で代わりの務まるようなものではない。


「っ……!!! 後悔に嘆く暇なんてもう無いというのにッ……!! こうなったら最早なりふりなど構っていられないッ……!! 何としても奴を……奴等をこの手中に収めねば……!!!」


 長い後悔と葛藤の後。

 ハクトはムクリと机に伏して居た身体を上げると、爛々と輝かせた瞳を震わせながら自らに言い聞かせるかのようにそうひとりごちるのだった。

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