幕間 戦勝の宴
喫茶モルトン。
魔都ヴァルミンツヘイムの一角に佇むこの喫茶店は、静やかで落ち着いた雰囲気の漂う隠れ家のような名店である。
しかし、ひっそりと客を迎え入れてきた店の扉には、武骨な字で『本日貸し切り』と書かれた張り紙が一枚貼られており、店内からは賑やかな声が漏れていた。
「ッ~~~!!! 乾杯ッ!!! 我等が戦姫の奮戦にッ!! 勝利にッ!! 乾杯ッィィィ!!!」
高らかな音頭と共に、冷えた酒がなみなみと注がれたジョッキが打ち鳴らされる。
既に、今宵何度目になるのかさえ分からない乾杯であったが、この場に集った者達は皆揃って酒杯を突き上げ、熱狂に声を上げていた。
戦勝会と銘打たれたこの集いには、城内を探せども一向に連絡のつかなかった魔王軍の者達を除く、闘技大会の参加者が肩を並べている。
その酒席で語られる話題は当然の如く、彼の大会での戦いぶりや、乱入した異形との激戦についてであり、各々が各々に熱の籠った議論を交わしていた。
「……やれやれ。だ」
もはや喧噪に等しい賑やかな会話に耳を傾けながら、テミスは一人苦笑いを零すと、随所から漏れ聞こえてくる自らの戦いぶりに苦笑いを零す。
正直に感想を述べるのならば、テミスとしては今回の戦いはまるで良い所が無く、無様を晒し続けていたので、できればそっとしておいて欲しいのだが……。
しかし、怒ってしまった事実を掻き消せる訳でも無く。やれあそこはこうすべきだっただの、真っ向から挑む事にこそ意味があっただのと、好きに勝手に論ぜられていた。
「まぁ……偶にはこういうのも悪くはない……か……」
そんな仲間達を遠巻きに眺めながらテミスは微笑みと共に呟くと、自らの前に置かれた極太のソーセージを一本頬張ってから、手にしたジョッキを呷ってキンキンに冷えた酒と共に喉へと流し込んだ。
視界の端では、店主であるキーレが穏やかな微笑みを浮かべて店の中を眺めながら一人ジョッキを傾けており、その視線の先には、いつの間にか給仕服へと着替えたアリーシャが、慣れた動きでテーブルの間を駆け回っていた。
尤も、普段の給仕とは異なり、各テーブルに顔を覗かせる度に飲み物や食べ物を勧められ、酔っ払い共の談笑に混じっているようではあったが。
「ククッ……。丁度良い。連中め、病み上がりの私に気を使っているようだが、酒の席で一人を放置する残虐な奴等だからな。一つ余興をプレゼントしてやるとしよう」
それを見たテミスは、不敵な笑みを浮かべて喉を鳴らすと、空になったジョッキを手に席を立ち、ゆっくりとした足取りでキーレの元へと向かった。
そんなテミスの背後では、何も知らない酔っ払いたちの高らかな乾杯が再び鳴り響いていたのだった。




