1636話 隠に集いて
「全ッッッく!!! いっったいッッ!!! 何をッ!!! しているんだねッ!!!? キミ達はぁッッ!!!?」
エルリアとアドレスの武装解除を終えたテミスたちが、捕虜となった二人と気を失ったルードを伴って館の中へと戻ると、真っ先に出迎えたのはニコルの怒声だった。
「ワタシの館の前であんな大立ち回りをしてみせた上に、あまつさえ捕虜を迎え入れるだってッ!? あぁ……もう……本ッッ……当に……!! 馬鹿なのかい!? 大馬鹿なんだねッ!? 救いようのない巨大な馬鹿だよッ!!」
ニコルは凄まじい剣幕でテミス達に詰め寄ると、薄暗いホールの中にキンキンと響く高い声で文句をぶちまける。
確かに、家主としてはこんな事態は堪ったものではないのだろうが、テミス達としてもあのような場面で無抵抗にやられるわけにはいかないため、こうも一方的に叱られるのは何処か釈然としない気もした。
「待ってくれ。私達から仕掛けた訳じゃない。私達は撃退しただけだ」
「あぁ!!! 知っているとも!! 全部見ていたからね!!! だが何も庭先でやり合う必要はないだろうさ!?」
「奴等の狙いがニコル、お前であった可能性も否めなかった以上、我々に遁走する選択肢はなかった。それに、キッチリと後片付けもしただろう?」
「っ……!! あぁ!! それは感謝しているよ!! キミ達が戦うだけ戦って後は他人に丸投げするような無責任な輩では無くてね!! もしもそんな連中だったら、ウチから叩き出していた所だ!」
怒り心頭のニコルを宥めるべくテミスが静かに口を開くが、どうやらニコルの怒りは理論を超えた場所で煮え滾っているらしく、収まる様子は無かった。
だが、ニコルは怒りのあまり事実を捻じ曲げるような暴挙に走る事は無く、顔を上気させ、叫びと共に地団太を踏みながらも、テミス達を睨み付けて礼を口にする。
「どうにか、及第点を頂けたようで何よりだ。安心した。それで、彼女たちの処遇なのだが……」
「ワタシは知らんぞ。捕虜ってヤツは犬や猫とは違うんだ。そうホイホイと拾ってこられても困る。扱いを間違えればキミ達やワタシの命を狙って牙を剥くだろうし、隙を見せれば簡単に逃げ出すだろう」
「そんな事ッ……!!」
「シッ……! 私達は捕虜だ。口を挟んじゃいけない」
「…………」
切り捨てるような口調でピシャリと言い放ったニコルに、それまでテミスたちの傍らで押し黙っていたエルリアが口を開きかけるが、並び立つアドレスが即座に小声でそれを止めた。
確かに、捕虜として賢く生き延びる為には、アドレスのような従順な態度が望ましいのだろう。
だが、家主であるニコルの許可を得なければならないテミスとしては、ここは無作法であってもどうにか自分達が無害であることを証明して欲しい所ではあるのだが……。
「…………かといって、棄てて来いとも言えはしない……か。おいオマエ達。どうせここで解放したところで、帰るアテも無いんだろう?」
「っ……! …………」
「ッ……!!」
僅かな沈黙の後、深いため息をついたニコルはそう零すと、じっとりとした半眼でエルリア達を見据えて問いかけた。
しかし、エルリアは先程叱られた所為もあってか、オドオドと床に視線を落として答える事は無く、アドレスはまるで許可を求めるかの如くじっとテミスへ目を向けている。
「あぁ……発言を許可する。私たちの命令と同様に、以降は彼女の命令にも従え」
「はい。……仰る通りです。与えられた任を果たす事ができず、部隊が壊滅した今、商会に戻った所で私達を待つのは懲罰と、今回の作戦で出た損害の返済義務かと」
「やれやれ……酷い話だ。結局、キミ達としては捕虜としてここに居る事が最善策なワケだ。ハァ……仕方が無い。その代わり、テミスちゃん。彼女たちを拾ってきたのはキミなんだ。生憎、空いている部屋なら腐るほどある。部屋の用意や諸々の事はしっかりと責任を持ってキミが準備してくれよ?」
「わ……わかった。ありがとう。感謝する、ニコル」
テミスの許可を待って話し始めたアドレスの言葉に、ニコルは再び深いため息を吐くと、ゆっくりと首を左右に振りながらテミスへ視線を向け、念を押すかのように語気を強めて二人の滞在を認めた。
それはテミスにとって、一応の朗報ではあったのだが、自らが担うべき仕事が増えたことを意味しており、テミスは引き攣った笑みを浮かべながらニコルへ礼を述べる。
「あぁ。そうだ。ついでに、食堂と厨房も使えるようにしておいてくれたまえ。これだけの大人数だ。いちいちワタシの部屋に集まる訳にも行くまいよ。いちいち部屋にまで運ぶのも億劫だからね。厨房の片付けが終わったら呼んでおくれ。それまでワタシはそこで死にかけているもう一人の大馬鹿の治療と厨房に設置する魔道具の制作を進めておくとするよ」
「なッ……!?」
だがそんなテミスに、ニコルはサラリとした口調で更なる大仕事を追加すると、意識の無いルードの襟首をつかんでズルズルと引き摺りながら、上機嫌に地下室のある自室の方へと踵を返していく。
結果。玄関ホールには、驚愕と絶望に顔を歪めたテミスと、苦笑いを浮かべたシズク、そして所在無さげに佇むエルリアとアドレスが残された。
「ッ~~~!!! お前達を拘禁する部屋は兎も角、食堂の掃除は手伝って貰うからな!!」
「……っ! はいッ!! 私、お掃除は得意です!!」
「ご命令とあらば」
「頑張りましょう。テミスさん。私もお手伝いしますから……」
「あぁ、頼む……。ったく……クソッ……!! 私が何をしたというんだ……!! 災難にも程があるだろう!!」
突如として積み上げられた仕事に、テミスが恨みを込めてエルリアとアドレスにそう命ずると、エルリアは何故かやる気を漲らせて、アドレスはクスリと薄い笑みを浮かべて淡々と答えを返した。
続いてシズクが、同情に満ちた目をテミスへ向けながらそう告げると、テミスはがっくりと肩を落として頷いた後、己が身を襲った災難を嘆いてみせた。
そんなテミスの嘆きが木霊する屋敷の上には、訪れた夜の闇の中で、幾つもの星々がキラキラと輝いていたのだった。
本日の更新で第二十五章が完結となります。
この後、数話の幕間を挟んだ後に第二十六章がスタートします。
ヴァルミンツヘイムから魔王ギルティアの依頼を携え、ゲルベットへと赴いたテミス達。
その道中では未だに根深く残る種族間の対立が壁となって立ちはだかり、それらを切り抜けて到達したゲルベットは大商会・双月商会が実効支配する町でした。
そこにはかつて共に戦った事もある友である冒険者・ルードも轡を並べていて。専横を許さないテミス達の前に敵となって立ちはだかります。
しかし、彼にも別の思惑があるようで、ルードの導きによりテミス達は、無事に尋ね人であるニコルの元へと辿り着きました。
ですが、このニコルと言う錬金術師もまた、ただ者ではないようで……。
双月商会との諍いが激化する中、テミス達は無事に依頼を遂行する事はできるのでしょうか?
続きまして、ブックマークをして頂いております826名の方々、そして評価をしていただきました136名の方、ならびにセイギの味方の狂騒曲を読んでくださった皆様、いつも応援してくださりありがとうございます。
また、頂戴しました感想も喜びながら読ませていただき、作品制作の力の源とさせていただいております。重ねて深く御礼申し上げます。
さて、次章は第二十六章です。
双月商会の放った刺客たちを撃退したテミスたち。
しかし彼等の元にはいまだ多くの戦力が残っており、今もなお自分達の軍門に下らぬテミス達を疎ましく思っている事でしょう。
加えてテミスを蝕む不調。テミス達は執拗にニコルを狙い続ける双月商会から彼女を護り抜けるのでしょうか? そして双月商会の狙いとは……?
新たな町から波及するテミス達の物語は、いったいどのような方向へと向かっていくのでしょうか!?
セイギの味方の狂騒曲第26章。是非ご期待ください!
2024/3/01 棗雪




