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152話 心は共に

「追撃だ」


 担ぎ込まれた病院のベッドの上で、病衣に身を包んだテミスが宣言した。その言葉が虚空に消えると、ベッドの周りに集まっていた3人の顔が驚きに染まる。

 今この部屋には、副官であるサキュドと、テミスをここに担ぎこんだフリーディア。そして、報告を受けて飛んできたルギウスがテミスのベッドを囲んでいた。


「無茶よ! テミス、貴女自分の状況はわかっているの?」

「ああ。だからこその追撃だ」


 その中の一人。フリーディアが声を上げると、テミスは真顔で頷き返す。


「今回の作戦と同じだ。連中はよもや自分たちが攻められるなどとは思っていない。それに今回は、私が重傷を負ったという確かな情報付き……虚を突くには十分すぎる条件が揃っている」

「でもっ――」


 ベッドの端に手を突いたフリーディアが声を荒げると、傍らのルギウスが静かに進み出てそれを制する。


「理論はわかる。だけど、その体で無茶をすればどうなるか……君自身が一番わかっているんじゃないか?」


 ルギウスは病衣の隙間から覗く包帯に目をやると、厳しい口調でテミスに問いかけた。彼女の受けた傷は致命傷に近い。事実、この病院での迅速な処置が施されなければ、こうして再びまみえる事はできなかっただろう。


「っ…………」

「テミス様……」


 ルギウスの言葉を受けたテミスが黙り込むと、不安気な顔をしたサキュドが小さく声を漏らす。普段の彼女を知る者が見れば驚愕するほどしおらしいが、サキュドにとって、テミスが重傷を負ったという事実はそれほどまでに衝撃的だったのだろう。


「敵には第二軍団長のドロシーも居るはずだ。ここはしっかりと傷を癒し、次なる戦いに備えるべきだよ」


 畳みかけるようにルギウスが言葉を重ねると、ベッドの周りに集まった面子もここぞとばかりにそれを首肯した。


「……つまり」


 わずかな沈黙の後。ぼそりと。その様子を眺めて口を噤んでいたテミスが、唇の端を吊り上げながら言葉を発する。


「つまり、私が十二分に動けるのであれば、この作戦は有効……そういう事だな?」

「ああ。それは認めよう。君が万全であるのならば、これ以上ない程に有効な戦術だ。倒したはずの敵将が健在なんて事は、誰も考えたくもないだろうからね」

「けれど……現実の貴女は万全には程遠い。でしょう? 無理して出撃をして討たれては元も子もないわ」

「その通り。いくら強くても君は人間なんだ。僕たちエルフのように長命でもなければ、アークデーモンのように頑強でもない」


 まるで子供に言い聞かせるように、ルギウスとフリーディアが口をそろえてテミスに語り掛ける。しかしテミスは変わらず唇を歪めたまま、身を乗り出す二人を見据えて口を開いた。


「ならば、賭けをしようか」

「……賭け?」

「ああ。賭けだ。確かに私の状態は芳しくない。今のままでは、剣を振る事すらままならんだろう」


 テミスは涼しげな顔でそう言い放つと、掛け布団を握り締めて言葉を続ける。


「一晩だ……明朝。私がこの足で立ち、私の剣を振るう事ができたのならば問題はあるまい?」

「駄目よ。そんなこと言って貴女、また無理をするつもりでしょう?」


 しかし、その提案は即座にフリーディアの言葉によって切り捨てられた。確かに、多少の無茶は通すつもりだったが、私とて別に何の策もなしにこんな事を言っている訳ではない。


「安心しろフリーディア。そんなに心配ならば、剣を振るう前にお前が直接傷の具合を確かめれば良いだろう」

「っ……。本当に、何か考えがあるのね?」

「ああ」


 テミスは頷くと、浮かべていた笑みを引っ込めて頷いた。

 試すべき策は幾つかある。だが、私の能力の事を知らないルギウスやフリーディアの前で披露できるものではないし、そもそもこの力の事はまだ彼等に知られたく無い。


「それに、ライゼル……。奴も戦えないとは限らないしな」

「っ……!」


 テミスがそう付け加えると、フリーディアが小さく息をのんだ。私がこうして回復手段のアテがあるように、同じ転生者であるライゼルも何かしらの回復手段があると考えて良いだろう。


「……解った。君にその傷を負わせた敵が出てくる可能性がある以上、戦力になるのならば出撃を止める理由はない」

「ルギウスさんっ!? テミスは人間なのよ? いくらなんでも、たった一晩で傷を治すなんて不可能だわ!!」

「…………本来は敵である君にここまで明かすのはどうかと思ったが、例の契約もある。それに、僕自身としても君には好感が持てる」

「っ……何よ。急に……」


 ルギウスがフリーディアを見つめてそう言うと、わずかに頬を染めたフリーディアが窓の外へと視線を逸らす。確かに、私から見てもルギウスの奴は美形だと思うが、まさかあのフリーディアがこんな反応を示すとは……。


「可能性が無くはない。事実、ヴァルミンツヘイム……僕らの王都には、治癒魔法が使える優秀な魔術師も居る」

「治癒……魔法」

「そうだ。魔力によって治癒速度を爆発的に上げる超高難易度の術式……僕はその存在を知っているからこそ、テミスの提案は一考の余地があると判断する」

「っ……」


 驚天動地。棚から牡丹餅とはまさにこのことだ。

 何やら状況が面白そうだったので黙っていたが、まさかこんな情報が飛び出て来るとは。

 この世界に来てからというもの、ソレ系の魔法を目にしなかったものだから、存在しないとばかり思いこんでいたが……。なるほど。習得難易度が高く、その使い手が数少ないのならば、今までお目にかかれなかった理由も説明がつく。


「わかったわ……。でも、剣を振る前にきちんと確認はさせてもらうわよ」

「ああ。勿論だとも」


 渋々と言った表情でフリーディアが頷くと、テミスはまじめな顔で頷きながら心の中でほくそ笑んだ。

 賢者なり聖人なり、仲間を回復する力の知識は掃いて捨てるほど存在する。偶然にもこうして理由が出来上がった以上、この能力がそれを再現できるのか試してみるべきだろう。


「じゃあ、僕たちは戻ろうか……」

「ええ。また明日見に来るわ」


 そう言い残すと、ルギウスたちは後ろ髪を引かれる思いをしながらも、テミスの病室を後にしたのだった。


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