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151話 玉石の輝き

「な――」


 テミスが放った一撃は、ライゼルに言葉を発する事すら許さずに直撃した。

 鋭く尖った大地は奴を空高くに放り出し、今に地上へと墜ちて来るだろう。身動きの取れない空中、そこに一撃を叩き込んでやれば、奴にこの傷の礼くらいはできるだろう。


「グッくっ……」


 錨を剣に戻し、脚に力を込めた瞬間。テミスの腹を鈍い痛みが走った。胸元に加えて腹の傷……傷を受けた数は、今までこの世界でこなした戦闘の中で一番少ないが、その深さは一番深い。この傷はライゼルが手練れであり、同時に私が追い詰められた証拠だろう。


「だがっ……!!」


 テミスは目を見開いて叫ぶと、歯を食いしばって無理矢理に立ち上がる。受けた傷が悲鳴を上げ、痛みとなって抗議するがその全てを黙殺した。

 今ここで奴を獲れば、この戦いの流れは一気にこちらへ傾く。故に、例えこの身が砕け散ろうと、この一撃だけはッ……。


「……っ!? 馬鹿なッ……」


 満身創痍の身を引き摺ってテミスが見上げた先には、その想定通りの光景は広がってはいなかった。

 否。ほとんど想定通りではある。隆起させた地面の欠片がばらばらと降り注ぎ、鋭く打ち上げられたライゼルの血がそこに混じって落ちてくる。だが、その肝心のライゼルの肉体自体が、いつまで経っても地上に墜ちて来ない。


「……聖なる杯を持ったその天使は純白の翼を纏っていた。それを見る愚かなる旅人もまた、その美しい調和の一部だったのだ」

「チィ……」


 空を見上げたテミスの頭上。打ち上げた筈の上空から、突如としてライゼルの声が飛んでくる。舌打ちと共に見上げたテミスの目が捉えたのは、まるで水中に浮かぶようにフワフワと宙を漂うライゼルの姿だった。


「確かに、慢心が過ぎたみたいだ。君を倒したまでは良かったけれど、まさかこんなに早く彼女たちが到着するとはね……。良ければ、哀れな敗者にその理由を聞かせてくれないかな?」


 宙を舞うライゼルはテミスへと駆け寄るフリーディアを眺めながら、口元に薄い笑みを浮かべて問いかけた。だがその表情は、敗北の苦渋を噛み締めているというよりは、事実上の勝負に勝利した優越感に溢れていた。


「ゴホッ……本気で言っているのならば、答えてやろう」

「テミスッ――! 肩を……!」


 半ば崩れるように体勢を崩したテミスは、駆け付けたフリーディアにその身を預けると、頭上を漂うライゼルをギラリと睨み付けた。そして、その唇をニヤリと歪めて言葉を続ける。


「質の差だよ。石は幾ら集めても唯の石に過ぎん。百の石が一つの宝石に劣るように、万の石を集めた所で、その価値が百の宝石に及ばんのは道理だ」

「なるほどね……勉強になったよ」


 ライゼルが張り付けたような笑みを浮かべて頷いた途端。空いた左手が右胸へ閃くと同時に、その顔が一瞬苦痛に歪む。


「つつっ……いやぁ、まさかあんな技を隠し持っていたとは……受け損なったせいで骨が折れたらしい」

「どうせなら、そのまま死んでくれれば良かったのだがな」

「冗談。あんな絶望はもう要らないよ」


 テミスと言葉を交わしながらも、ライゼルはゆっくりと高度を上げていく。そして奴の言葉通りならば、折れた骨が肺でも傷付けたのか、ライゼルの口元に紅い筋が描かれる。


「どうだい? ここはひとつ、痛み分けって事で手打ちにしないかい?」

「勝手に攻めて来て帰るのも勝手とはな……それに、お前の傷と私の傷が痛み分けで収まると思うか?」

「ははっ……いてててっ……笑わせないでくださいよ。本当に痛いんだから。そうだね……ここから見たところ、傷ついてはいるものの君の軍団は健在みたいだし、差額分はそこって事で」


 ライゼルはクスクス笑い声をあげると、再び苦痛に顔を歪めて非難するように目を細めてテミスに答えた。奴が苦しむのならば、いまここで落語なり笑点なりでも一席設けてやろうか。


「じゃ、そう言う事で。また会おう、テミス」

「私は二度とそのいけ好かん顔を見たくは無いがな」


 テミスがそう告げると、ライゼルはその場でクルリと宙を舞い、フリーディア達が駆けて来た方角へと飛び去って行った。


「まさか……自由に空まで飛べるなんて……」

「あぁ……厄介極まりないな。あれだけの戦力が空を駆けられるなど……悪夢だ」


 その背を見ながら呆然と呟いたフリーディアに、テミスが同意すると、ガクリとその脚が崩れ落ちた。


「ちょっと! テミスッ!? 早く手当てをっ!」

「ゴホッ……クソッ……無様だな」

「全くです。こちらは楽勝だったと言うのに……テミス様が倒れられては意味がありません」


 フリーディアの声に即座に駆け寄ったサキュドが、文句と共に崩れた体を支え、テミスの正面に屈みこんだカルヴァスが鎧の上から手早く応急処置を施していく。


「……酷い傷だ。出血を抑える事はできますが、ここではその程度しか……」

「なら急いで戻りましょう! カルヴァス! 手伝ってっ!」

「ハッ!」


 カルヴァスがその声に頷くと、深手を負ったテミスはファントへと担ぎ込まれていったのだった。

2020/11/23 誤字修正しました

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