1615話 隠者の宣告
揺れる事の無い魔道具の明りが、明るく食卓を照らし出す中。
テミス達は、話もそこそこにニコルの作った料理を一心不乱に食べ進めた。
尤も、あまりに絶品が過ぎるが故に、食べ進める本人たちにはそこまで夢中になっている自覚は無かったのだが。
兎も角、並べられた品々も空きはじめ空腹が紛れてくると、美食の世界へと連れ去られていたテミス達の意識も辛うじて現実へと帰還を果たし、自らも料理を口に運びながら、その様子を嬉しそうに眺めていたニコルへと静かに視線を向ける。
「っ……美味かった。すまない。こちらから話を聞いておいて、つい夢中になってしまった」
「ふふ……構わないさ。ワタシはこうして自分が作った料理を、誰かが楽しんでくれるのを見るのも久しぶりだからね。堪能させて貰ったよ」
「……! ゴホン! それで……」
「あぁ。本題に入るとしようか。そういえば、疑問があるような口ぶりだったね。なら、まずはそれから答えようじゃないか」
「…………」
ニコルへと視線を向けたテミスが小さく頭を下げて謝罪を口にするが、ニコルは上機嫌に微笑みを浮かべて、その謝罪を受け流した。
その答えに、テミスは僅かに頬を紅く染めて咳払いで誤魔化すと、改めて話に水を向けるべく口を開く。
だが、そこで返って来たのはテミスの意図とは異なる返答で。
確かに、何もかもを自ら洗いざらい話すよりは、こちらからの質問に答えていく方がやり易いのだろうが……。
「……まあ良い。今更、ここにきて隠し立てをする意味もあるまい」
「クス……。ご理解いただけたようで何よりだ。ワタシはキミたちの考え方にも興味がある。先程の君の言葉を借りるのなら、これも性分というヤツだろうね」
「チッ……。……。ハァ……。ならば率直に問おう。先程の賭けと言い、半ば強引に部屋での休息を促したり、いったい何がしたい? 目的のために力を貸すのはやぶさかではないが、これではまるで――」
「――まるで、ワタシがキミたちの動きを制限したがっているように見える……。かい?」
「っ……!! 違うのか?」
片目を瞑って得意気に言葉を返したニコルに、テミスは呆れたように小さくため息を漏らした後、揺れる事の無い静かな視線でニコルを捉えて問いかける。
だが、その問いは途中で口を開いたニコルによって食い取られ、機先を制された形となったテミスは筈かに鼻白むと、問いを締めくくった。
「端的に答えるのならばそうだ……と言うべきなのだけれど、ただそれだけを答えたのでは、どうにも語弊が生じそうだね」
そんなテミスに、ニコルはきらりと瞳を輝かせて答えを返すと、自らの手元に残っていたスープにひとくち口を付け、まるで言葉を選んでいるかのようにゆっくりと口を開いた。
「正確にはキミ達……ではなく、テミスちゃん。ワタシの目的はキミなのだよ。勿論。理由はいくつかある訳だが」
「私……だと……?」
「うむ。なら、わかり易い所からいこうか。なぁテミスちゃん。キミ……近頃酷く腹が減るだろう? もしかしたら喉も乾くようになっていないかい?」
「っ……!!!!」
「えっ……?」
突如として自らに起きている異変を言い当てられたテミスはビクリと肩を跳ねさせると、鋭く息を呑んでニコルへと視線を返す。
その隣では、突然緊張感を帯びた話に付いていけなかったシズクが、驚きの声を漏らして名を呼ばれたテミスの顔を窺い見る。
「……やはりか。それはいつ頃からだい? もしかして、こちらへ戻ってきてからずっと耐えてきたのかな?」
「いや……自覚したのはここ数日……。昨日の晩……? 違うな……。この忌々しい感覚は確か……。そうだ。冒険者ギルドを出て少しした辺りからだ。あの時は時間も頃合いだったから、普通に腹が減っただけかと思ったのだが、今思えば……」
「恐らく……それだね。そういえば……ギルドで双月商会の連中と揉めたとか言っていたね。もしかしてだけれど、そこそこ腕の立つ奴と戦ったかい? 具体的には、今のキミと同じくらいの強さの……」
「戦った。互いに全力で……という訳では無いが。Sランク冒険者のルードというヤツだ」
「っ……!! あぁ……あの喧嘩好きの大馬鹿め……! ったく……何をやっているんだか……」
テミスの変調を言い当てたニコルは次々に問いを重ねると、今度は直近でテミスの身に起こった厄介事まで正確に言い当ててみせた。
まるで記憶を覗き見られでもしたかのようだと感じながらも、テミスはニコルの言葉に頷きを返しつつ戦った相手の名を告げると、ニコルはパシリと自らの額を叩くように頭を抱え、苛立ちを隠す事無く文句を漏らした。
そして、ニコルは人差し指をぴんと立ててテミスの方へ身を乗り出すと、有無を言わさぬ気迫を纏って言葉を続ける。
「いいかい? 落ち着いて聞くんだ。テミスちゃん。キミはもう戦えない……いや、命が惜しいのなら戦ってはいけない。わかったかい?」
「っ……!?」
「え……えぇっ……?」
チャリィン……と。
傍らで黙って話を聞いていたシズクが、驚きのあまりスプーンを取り落とした音が奏でられる中。
力を込めて続けられた予想だにしていなかったニコルの言葉に、テミスはただ鋭く息を呑む事しかできないのだった。




