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150話 チカラの形

 物が持つ形とは、得てしてその用途に向けて特化し、最適化されているものだ。

 鋏は薄い物や細い物は切りやすいが、突き刺すのであれば錐やピックの方が優れているといった具合に、それぞれの用途目的に沿い、それ以外の使い道はあくまでも副次的な物でしかない。


 だがそれは、一般的な話だ。


 錨はそもそも、海底に突き刺さる事で舟を繋ぎ止めるものであり、まかり間違ってもこのように投擲武器として扱えるような代物ではない。何故なら、舟を繋ぎ止める役割を持つが故に、ヒトが持ち運べるような重量ではないからだ。

 だが、この重量の変化するブラックアダマンタイトであれば、投擲後にのみ重量を増す破壊兵器が出来上がる。


「やれやれ……大鎌に錨……いよいよもってファンタジーだな」


 テミスはため息交じりに呟くと、不敵な笑みを浮かべ続けるライゼルへと視線を向けた。もともと、この武器の持ち主はこんな使い方はしていない。怪力を以て振り回しているだけで、海に関連している武器と言うだけのフレーバーに過ぎなかった。


「…………」


 じゃらり。と。テミスの体にしなだれかかる鎖がまるで自らの存在をアピールするかの如く音を立てる。そう言えば、彼の錨は意思を持ち、言葉を話したが……まさかな。


「セアッ!」

「っ! させるかっ!」

「ぐっ……くっ……」


 一瞬の隙。テミスの頬が微かに緩んだ瞬間を突き、ライゼルが大鎌を回転させながらテミスへと突進する。しかし、即応したテミスの怒りが真正面に投擲され、ライゼルはそれを受け止める。そして、錨の圧倒的な重量によって再び弾き飛ばされ、その距離が縮まる事は無かった。


「どうした? 降参しても構わんぞ? 貴様の力でそれ以上戦うというのならば止めはしないが」

「フム……」


 再び距離が開き睨み合うと、錨を引き戻しながらテミスは口角を吊り上げて口を開いた。奴の能力があの鎌である以上、奴の躱せないタイミングでこの錨を叩き込んでやれば、奴の獲物はただ鈍重なだけの大鎌へと成り下がる。


「あなたの負けですよ」

「ハッ……下らん戯言だ。苦し紛れも大概に――」


 ライゼルが勝利を宣言すると、テミスは嘲笑と共にそれを否定した。奴には最早打つ手は無い。尻尾を巻いて逃げるか、ここで私と共にフリーディア達の到着を待つか……その二択だ。


「ゴ……フッ――!?」


 刹那。余裕と共に紡がれた言葉が途切れ、テミスがガシャリと派手な音を響かせながら、崩れ落ちるように膝を付いた。


「なにっ……がっ……!?!?」


 テミスはその表情を驚愕に変え、苦痛を堪えながらライゼルの顔を見上げた。

 何が起こったのか、全く理解できない。

 慢心が無かったと言えばウソにはなる。だが、奴の挙動を見逃すほど間抜けではない。

 間違いなくライゼルは動いてはいない。


 なのに何故……私の腹に穴が開いている?


 口の端から逆流してきた血を流しながら、テミスは視線を一瞬だけ自らの腹に向けて確認をする。

 何かが刺さっている訳では無い。だが、最高硬度を誇るはずのブラックアダマンタイトの甲冑には孔が穿たれ、そこからだくだくと血が溢れて黒の甲冑を赤く染めていた。


きちんと教え(・・・・・・)てあげた筈な(・・・・・・)んですけれどね(・・・・・・・)。」


 ライゼルはゆっくりと膝を付いたテミスに歩み寄りながら、僅かにその口を歪めて語り始めた。


「僕の能力は、この切る対象を選ぶ事のできる鎌を生み出す事ではない」


 そう告げるとライゼルは大鎌を回転させ、その刃をテミスの首元へとあてがう。その姿はまるで、拘束された罪人の首を刈り取る死神のようだった。そして、懐から一枚のカードを掲げて見せると、ニヤリと笑みを浮かべて口を開いた。


「このカードの名は運命(・・)。僕の授かった力は運命を操る力。ただその漠然とした力を制御するために、象徴としてカードの形で使っているだけ……。この鎌も、僕の力の一欠けらにしか過ぎないんですよ」

「なる……ほどな……」


 気が遠くなるような痛みを堪えながら、肩で息をするテミスは呟くように声を上げた。そもそもコイツが『鎌』だけで戦っていた事こそがブラフ。こうして真の力から意識を逸らし、油断した足元を掬う……。欺瞞情報を用いた見事な戦略だ。


「それにしても、ずいぶんと饒舌だな。化かし合いに勝ったのがそんなに気分が良いか?」

「えぇ、それはもう。馬鹿なあなたが高説を垂れる様に、笑いを堪えるのが大変でしたよ。だから、言ったでしょう? 平和的に解決しよう……って」


 ライゼルはひざまづいたテミスの耳に口を寄せると、囁くように告げる。それは確実に自らが勝利したという宣言であり、同時にテミスに後悔を植え付けてやろうと言う意図が透けて見えた。


「では、お別れですよ。お馬鹿な軍団長さん。武器を変化さ(・・・・・・)せる程度の能力(・・・・・・・)なんてハズレを引かされた事だけには同情しますよ」


 ライゼルがそう言った瞬間。顔を伏せていたテミスの唇が大きく吊り上がった。同時に、遠くから聞こえていた悲鳴や爆音、そして剣戟が程近く聞こえてくる。


「そうだ。せっかくだから、最期に仲間達の顔でも見てから死にますか?」

「ハッ……馬鹿が……」


 意気揚々とライゼルがテミスに問いかけた瞬間。目を見開いたテミスの瞳がぐるりと動き、壮絶な笑みでその顔を覗き込んだライゼルを迎える。


「テミス~~~ッッッッ!!!」


 直後。フリーディアの悲痛な叫び声が響き渡り、その声に隠れて身を起こしたテミスの唇が動いた。


「私がいつ、自分の力を武器を変化させる能力だと言った?」


 その言葉と同時にライゼルの足元の地面が急激に隆起し、凄まじい勢いでその体に叩き付けられた。

2020/11/23 誤字修正しました

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