1612話 予想外のもてなし
立ち去ったクロウと付近に身を潜めていた者達の気配が完全に消えたのを確認してから、テミス達はニコルに帰宅を伝えると、買い込んだ大量の荷物の運び入れに取り掛かった。
とはいえ、テミス達の役割は荷ほどきした積み荷を、館の中で待ち構えていた魔道具へと乗せるだけで。大した作業では無かったのだが。
それよりも、戻ったテミス達の度肝を抜いたのは館の内側に広がっていた光景で。
布団もかくやというほどに厚く積もっていた埃は塵一つ残さず消え失せ、年季の入った木製の手すりは歴史の重みを感じさせる光沢が生まれていた。
まさに有言実行。ニコルはテミス達が買い出しに出ている間の僅かな時間で、見事テミス達が逗留するに困らない環境を整えてみせたのだ。
「どうだい? 驚いただろう? 居室も一通り整えてはあるよ。尤も、道を外れない事をお勧めしたいが」
「……すごいです。あれだけ汚れていたのに、まるで毎日しっかりと掃除されていたみたいにピカピカで……」
「ふっふっふ~!! そうだろうそうだろう! キミたちが魔石も仕入れてきてくれるというから大盤振る舞いさ。こんな事、滅多にしないよ?」
「フッ……それでも、ある種の境界線が存在するのがらしいというか……面白い所だ」
驚きに目を見開いて絶賛するシズクの傍らで、テミスは皮肉気な笑みを小さく浮かべながら、薄暗い影となっている方へと視線を向けた。
そちらには、まだほかの部屋などが並んでいるはずだったが、テミス達へ用意された部屋の周囲とそこへ至る道程以外は、未だに先程と変わる事の無い分厚い埃に覆われている。
「当り前だ。使わないのに掃除をする意味が無かろう? ついでに面倒な連中も追い払ってくれたようだし? ひとまず二人は部屋で体を休めると良いよ」
「あ……。気持ちは有り難いのですが、町の食堂はもう私達が利用できるかもわからないですし、そろそろ食事の支度を始めないといけません」
「そうだな。私も手伝おう。ニコル、居室には調理のための設備はあるのだろうか? もし無いようであれば、すまないが貸して貰えると助かるのだが……」
得意気な笑顔を浮かべたニコルがそう勧めるが、シズクが静かに首を振ってそれを辞すると、テミスも揃って頷きを返した。
昨日までは、金さえ払えば飯が出てくる環境にあったが、今日からは自分で食い扶持を用意する必要がある。
ならば、飯を食い逸れないためにも、気を抜いている暇は無いだろう。
そうテミス達は考えていたのだが……。
「……? 何を言っているんだい? キミ達は。食事の心配なんてしなくていいとも。その辺りはワタシに任せてくれたまえ。その為に、キミ達には沢山の食材も買い込んできてもらったのだからね」
「へっ……?」
「なっ……!?」
ニコルは満面の笑みと共に胸を張ると、自信満々と言った雰囲気を纏ってテミス達へとそう告げた。
しかしその言葉は、テミス達にとって予想すらしていなかった意外過ぎる言葉で。
二人は揃って裏返った声を零すと、驚きに見開いた眼をニコルへ向けて硬直する。
「仮にもお客人なのだから、食事くらいは用意するさ。なぁに、昔はよく持ち回りで作っていたからね、自分の為だけだとイマイチ食指が動かなかったけれど、久々に気合を入れて作るとするさ!」
「えぇと……その……大丈夫……なのか? 料理に薬品は使わないんだぞ?」
「お鍋とか……洗いましょうか? 一度使った道具をそのまま次の料理に使うのはご法度ですよ……?」
けれど、やる気を漲らせるニコルに対する二人の反応は酷く冷めており、不安気な表情を浮かべて堪りかねたように口々に言葉を添えた。
テミス達からしてみれば、口癖のように時間の無駄だと宣い、屋敷も埃に包まれてしまうまで放置するようなニコルが料理を手掛けるなど、不安になる要素しか見当たらない訳なのだが……。
「ッ~~~!!! 相ッ……変わらず失礼だねキミ達はッ!!! こう見えてワタシの料理はギル坊だって美味い美味いと食べていたんだからねッ!? こうなったら一度、しっかりとワタシの料理を味わって貰おうじゃないかッ!! そら! できたら呼ぶから、部屋でのんびりと横にでもなっていたまえ!!」
そんなテミス達の意図に気付いたニコルは目を吊り上げると、テミス達の背をグイグイと居室の方へと押しやりながら、怒りの籠った叫びをあげたのだった。




