1608話 帰路は手土産と共に
肉屋に八百屋、素材商から果ては雑貨屋に至るまで、テミスたちは日没までの僅か数時間のあいだにゲルベットの主たる店々を回り尽くし、屋敷への帰路へと着いていた。
無論。大量に購入された品々は二人が引く荷車と背負子に山のように積まれており、その量は今にも店を開く事ができそうな程だった。
「ハハハッ……!! 大漁大漁!! いやはや、存外に楽しいものだな。金を毛ほども気にかけなくてもいい買い物とは」
「テミスさん……私には気を付けろ~何て言っていたのに、最後の方とかもう何も気にしていなかったですよね? この店にあるモノ全て寄越せ! なんて言っていましたし……」
「まぁな。流石に最初の方は、我々の動きが気取られては都合が悪かったが、終わりも間際となれば話は別さ。むしろ現場の間には私たちの噂が広まっているようだったからな。店とて所詮は雇われ連中。売り上げには変わりないんだ。上から静止が入る前ならば嬉々として売るだろうよ」
ミシミシ。ギシギシ。と。
うず高く積みあげた荷物の重さで軋みをあげる荷車の音に耳を傾けつつ、シズクとテミスは朗らかに言葉を交わしながら屋敷を目指して歩を進める。
傍目から見ればその様子は、途方もない量の買い物を終えて気が緩んでいるようにでも映るのだろうが、二人の瞳に油断の色は無い。
重さが故にゆっくりと荷車を引き、それ故に顔を伏せる形になってはいるものの、視線は常に一定方向……二人の頭上へと向けられており、そこには建物の屋根の上を駆ける幾つもの人影が、ゆっくりと歩くテミス達に合わせて蠢いていた。
「……我々の行き先を探るつもりだな? この大荷物で撒くのは無理だ。チッ……全く面倒な……いっそ始末してしまうか……?」
「あの……申し訳ありませんが、これだけの荷物をあの人数から私一人で守り切るのは無理ですからね? 彼等もさすがに中身の見当は付いているでしょうし、一斉に火矢でも射かけられたらひとたまりもありません」
「フム……確かに、折角こうして苦労して買い集めた物を台無しにされては堪らんな。だが、こうもぞろぞろと引き連れて戻る訳にも行くまい」
「うぅっ……ですよね……。どうしましょうか……?」
顔を伏せたまま、テミスとシズクは頭上の人影たちに注意を向けたまま小声で言葉を交わす。
テミスたちとニコルの関係性が双月商会へ露見する事は、どうせ近日中には突き止められる事ではあるためさしたる問題では無い。
だが、尾行してきている連中の目的が仮に、突破困難なあの館の守りを穿つ事であった場合。これから待ち受けている大量の荷物を館の中へ運びこむ作業の時間は、連中にとってこの上ない好機であることは間違いない。
故に。テミス達としては軽率な判断でこの連中を連れて帰る訳にはいかず、かといって一戦を交えるのならば、ある程度は荷物の安全も確保したい所だった。
「よし……ならばこうしよう」
短い沈黙の後。
テミスは小さく息を吐きながら視線を前へと向けると、傍らのシズクへ向けて言葉を続ける。
「まずはこのまま連中を引き連れて館へ向かう」
「えぇっ……!? ですが……」
「問題無いさ。どちらにしても撒く事などできないんだ。ならばこの場で叩き潰すか、連れて行くかしかあるまい」
「それは……そうですけど……」
「まぁ最後まで聞け。奴等の目的が荷の行き先を突き止める事ならば、館に到着してしまえば連中は消える筈だ。それならば良し。しかし、我々の行き先を突き止めて尚立ち去らねば……」
「ッ……!」
ゴクリ。と。
不敵な微笑みと共に言葉を切ったテミスに、シズクは思わず生唾を飲み下すと、反射的に自らの腰に収められている刀へと視線を走らせた。
館までの追跡を許すということはつまり、決して敗北の許されない最終防衛線まで撤退する事と同義で。
加えてこちらはたったの二人。敵は未だに総戦力もわからないというのに、それはあまりに無謀が過ぎるのではないだろうか。
そんな不安がシズクの胸中に去来するも、既に二人の目的地であるニコルの館は目視できる距離にまで近付いてきていて。
これ以上の問答は不可能。そう察したシズクは胸の内で決死の覚悟を決めると、テミスへ視線を向けてコクリと小さく頷いてみせた。
「クス……良い覚悟だ。後は……連中の出方次第だな」
そんなシズクに、テミスはクスリと不敵な笑みを浮かべて言葉を返した後。
瞳だけをギロリと動かして追跡者たちを睨み付け、何処か楽し気な声で嘯いてみせたのだった。




