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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第25章

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1605話 隠者は語る

 自らも紅茶に口を付け、上品に啜ってみせた女は驚愕のあまり硬直するテミス達を眺めて再びクスクスと笑うと、手にしたカップを置いて再び口を開く。


「自己紹介がまだだったね。ワタシの名はニコル。一応……今はしがない薬師を名乗っているんだが……」

「っ……馬鹿な。あり得ない。しがない薬師をアイツが懇意にするはずなど無い! それに……確認させていただきたい。入り口の魔道具も、照明の魔道具も……そしてこの部屋にある魔道具も全てお前……いや、貴女が作ったのではないか?」

「ふふっ……そう。だからかつて、ワタシは錬金術師……なんて呼ばれていたこともある。大昔の話だけれどね」


 抜けきらない驚きに、テミスが掠れた声で問いかけると、ニコルは穏やかな笑みを浮かべてコクリと頷き、肩を竦めて答えてみせた。

 それが事実ならば、あの魔王ギルティアが懇意にするのも頷ける話で。

 テミスは自らの背を走る戦慄を抑えきれず、ゴクリと生唾を飲み下した。


「ま。時代の流れさね。今じゃワタシが錬金術師だなんて名乗った所で偽物扱いされるのが関の山。だから誰にでもわかり易いように薬師を名乗る事にしたのさ。薬を作るのも錬金術の内ではあるからね」

「ハハ……何という……。失礼。申し遅れました。私の名はテミス。元ギルティアの旗下で軍団長を務めておりましたが、今はファントという名の町を治めています」

「知っているとも。あぁ、あとヘンに畏まらないでくれ。かたっ苦しいのは苦手なんだ。無理に口調を変える事は無い」

「……感謝する。さ、シズク」

「は……はいッ!! 猫宮滴と申しますッ!! ギルファーの者ではありますが、今は友好を結んでいるファントに身を置いています」


 ゆったりとした口調で朗々と語るニコルに圧倒されながらも、テミスとシズクは名乗りを終え、改めてニコルと向かい合う。

 だが、ニコルからまじまじと向けられる、穏やかな深いライトグリーンの瞳は何処か吸い込まれてしまいそうで。

 シズクは密かにソファーの上に置いた手を傍らへと伸ばすと、そこに投げ出されていたテミスの手を握った。


「テミスにシズクね。よろしく。けれど……良かったよ。君達が早めに訪ねてきてくれて。ギル坊から連絡を貰った時には、もう少し西へ住処を移そうかと考えていたんだ」

「住処を……? 失礼だが、屋敷から見て察するに、ここに住んで長いのでは?」

「あぁ。長いさ。ワタシはこの町がもっと小さい村……いや、数軒家が建っているだけの集落だった頃からここに住みついている。ここは何かと都合がよくてね。アルブヘイムにもヴァルミンツヘイムにもそこそこ近い」

「ならば何故……」

「何処で噂を聞きつけたんだか、ちぃっと面倒な連中に目を付けられてねぇ……。わざわざ相手をしてやるのも馬鹿馬鹿しいから、消えてやろうかってさ」

「ッ……!! 面倒な連中って……まさか……」


 ニコルはそんなシズクの可愛らしい動きに目を細めて笑うと、穏やかな瞳をテミスへと向けて言葉を続けた。

 けれど、その内容はテミス達にとって、到底笑って済ませる事などできなくて。

 テミスは鋭く息を呑んで声を潜めると、切れ長な目に力を込めてニコルへと問い返した。


「またまたご明察。そ。双月商会の連中さね。奴さんら、何処でワタシの薬の噂を聞きつけたのか知らないけれど、作った薬を全て自分の商会に卸せと宣ったのさ。色々と報われない人々の為だとか理由を付けちゃいたけどね、冗談じゃない。ワタシの薬は金儲けの道具じゃあないんだよ」

「チッ……連中め……余計な事ばかり……」

「あの、それで断られたのですよね? 大丈夫なのですか?」


 鼻を鳴らして不快感をあらわにしたニコルに、テミスは小さく舌打ちをすると、吐き捨てるように呟きを漏らす。

 そもそも、ギルティアに縁のあるほどの者が、イチ商会の傘下になど収まる訳が無いだろうに。

 そう胸の中でテミスが呟いている傍らから、突如シズクが身を乗り出して口を開いた。


「ハン、連中が送って寄越した雑魚冒険者共なんざ相手にする価値もない。そも、あんな程度の連中じゃあウチの扉どころか窓にすら傷一つ付けられないよ」

「ッ……!!」

「良かった……。と言って良いんですかね? とにかく、ご無事で安心しました」


 シズクの問いに、テミスは自らが抱いた怒りすらも忘れてビクリと肩を震わせると、己の考えの至らなさに臍を噛んだ。

 そうだ。自分達に従わないというだけで、冒険者ギルドに暴漢紛いの刺客を送り付けるような連中だ。

 双月商会を袖にしたというのならば、ニコルに対しても同様の措置が取られていても不思議ではない。


「ま……直接どうこうされるって事は無いんだけどね。連中、敵わないと判ったらこんどは、町に触れを出してワタシに物を売るなって言い出したのさ。これにはさすがに参ってね。今は顔見知りの連中がコッソリと融通してくれちゃいるけれど、それもいつまで続くか……」

「ハァ……双月商会とやらの本性が見えてきたな」

「だから済まないけれど、今すぐにギル坊の薬を作ってやるのは無理なんさね。流石のワタシでも材料が無けりゃ薬は作れない」

「っ……!!!」

「まぁ、昔のよしみだ。ワタシが何とかするからしばらく時間をおくれ。あまりこの町でワタシに関わると、二人まで面倒事に巻き込まれちまう。二十日くらいありゃ完成するから、その頃また訪ねて来てくれたまえよ」


 ニコルは口では参ったなどと言いながらも、その顔には怒りの感情一つすら浮かんでおらず、苦笑いを浮かべて軽く肩を竦めて見せただけだった。

 そうして続けられたニコルの提案に、テミスは言葉を返す事無くギシリと固く歯を食いしばったのだった。

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