149話 鎖の音
ガギィンッ! と。甲高い金属音が戦場に木霊した。
「なっ……に……?」
音の出所はテミスが大剣を突き出した先。ライゼルの持つ大鎌が、テミスの大剣の刃とぶつかり、火花を散らしていた。
「っ……このっ!」
刹那。テミスは脚に力を込めて剣を更に突き立てるが、その力をも利用したライゼルはクルリと宙を舞って着地する。
「馬鹿な……」
ライゼルがゆっくりと立ち上がるのを眺めながら、テミスはうわごとのように呟いた。
奴の武器は武具を透過する。なればこそ、こちらが繰り出す攻撃も受ける事ができないはずだ。奴も戦いの中でそう言った素振りを見せていたし、それこそが奴の力の弱点のはず……。
「っ……クソッ! そう……思わされていたと言う事か……」
ヒャウンと大鎌が空を切り、ライゼルが武器を構え直した。その眼前でテミスは苦々しく呟くと、それに応じるべく再び大剣を構え直す。
とんだ醜態を晒してしまった。と。テミスはライゼルを睨み付けながら胸の中で自嘲した。
戦闘において、情報の欺瞞など基礎の基礎ではないか。だというのにも関わらず、私はライゼルから与えられた情報を嬉々として受け取り、素直にそれを活用した。
……その結果が、このザマだ。敵には傷一つ負わせられていない癖に、こちらは胸元を切り裂かれ深手を負っている。確認をした訳では無いが、早めに処置をしなければまずいだろう。
「スゥゥゥッ…………カハァァァァッ……」
テミスはそう結論付けると、突如胸いっぱいに空気を吸い込んで溜め、ゆっくりと体外へと吐き出した。
「……深呼吸で精神統一ですか。なかなか粋な事をする」
「貴様に付けられた傷の痛みが無ければ、もっと粋だったのだがな」
大鎌を取り出してから初めて、ニヤリと表情を歪めたライゼルにテミスが応じる。時間の無い筈の奴がここで会話を始める意味……それは勝利宣言にも等しい。
「まさか……この程度で私を攻略したつもりになっているのか?」
「えぇ。あと1・2合も打ち合えば僕の勝ちだ」
「ほざいたな……」
じりじりと高まる緊張感を感じながら、テミスは薄い笑みを浮かべる。奴の能力は恐らく、自在に切る対象を選択する事のできるあの大鎌……。だが、そもそもそれが解っていれば、いくらでもやりようはある。
「ゼアッ!」
「っ!」
緊張が限界まで高まった瞬間。テミスは弾丸のような速度でライゼルに飛び掛かると、途中で大きく跳躍して構えた大剣をライゼルに向けて投げ付けた。しかしその狙いは僅かに逸れ、ライゼルの真横に大剣が深々と突き刺さり、その凄まじい威力によって巻き上げられた土埃が辺りを覆う。
「自棄になりましたか……ならこれで――っ!?」
これで終わりだ。この鎌の力を避ける為に一か八かの賭けに出たのだろうが、大外れだ。そう勝ちを確信したライゼルが、前傾姿勢を取った刹那。
じゃらり。と。
大鎌を振りかぶり、テミスの首を刈り取ろうと飛び込む直前。ライゼルの耳に鎖の音が飛び込んできた。
――鎖? 今まで、そんな音はしなかったし、この戦場に鎖など……。
「なっ……!?」
それに気が付いた瞬間、ライゼルは驚愕に目を見開いた。
その視界の端。ちょうど、テミスの投擲した大剣が突き刺さっている辺りから、一直線に土煙の中を黒い鎖が横切っていた。
「どういうっ……くっ!?」
じゃらり。と。再び鎖が鳴き声をあげた途端。ライゼルは咄嗟に鎖から逃げるように身を投げ出した。その直後。鎖に引かれた大剣が土煙を切り裂いて持ち主の元へと戻っていく。
「……なんだ? 今のは……明らかに形が……」
一瞬。土煙の中を通過した黒い塊は、明らかに剣の形はしておらず、まるでライゼルの持つ鎌のような流線型を描いていた。
それを見たライゼルはそう呟くと、混乱した頭で状況を整理する。
テミスがアウトレンジでの戦闘に戦い方を切り替えたのは明白だ。こちらが一方的に武器を透過できる事が知られた今、その選択は間違いではないだろう。ならば、彼女の次なる一手は……。
その瞬間。目を閉じたライゼルの耳に、じゃらりと耳障りな音が飛び込んで来る。
「っ……ええい! 面倒な!」
それをテミスの攻撃だと直感したライゼルが再び地面を転がると、数秒前まで彼がしゃがみこんでいた地面を漆黒の塊が抉り抜く。そして再び、じゃらりと音を響かせて、何かが土煙の外へと回収されていった。
「邪魔だっ!」
ひとまず、視界を確保しない事には話にならない。
そう判断したライゼルが一喝すると、彼の周りを漂うカードが微かに輝き、烈風を吐き出して土埃を一掃した。
「お? ようやくお出ましか」
「なっ……」
土煙の晴れた先。そこでは、巨大な漆黒の錨を担いだテミスが、不敵な笑みを湛えてその獲物を振りかぶっていた。
「目には目を。歯には歯を……妙な武器には妙な武器を……だっ!」
「ぐっ!?」
刹那。言葉と共に構えられた巨大な錨が投擲される。
直後に凄まじい金属音が鳴り響き、錨を受け止めたライゼルがその威力に押されて大きく後退した。
「さて、ここまで趣向を凝らしたのだ。時間が無いのは知っているが、もう少し付き合ってもらおうか?」
「フン……」
再び鎖を引き戻し、錨を肩に担いだテミスがそう告げると、大鎌を構え直したライゼルはニヤリと笑みを浮かべたのだった。
2020/11/23 誤字修正しました