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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第25章

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1599話 傍若なる晩餐

 冒険者ギルドを後にしたテミス達は今夜のねぐらである金の鉄鍋亭へと戻ると、部屋へ戻る事なく食堂へ直行していた。

 周囲で食事を楽しむ人々は、剣や刀、そして荷物を手元に置いたままのテミス達へ隠す事さえない不快と奇異の目を向けていたが、当のテミスは歯牙にもかけない様子で、食卓に並ぶ料理に手を伸ばしている。


「失礼致します。こちら、オオツナエビとワイルドボアのスパイスシチューです。こちらのパンをつけてお楽しみください」

「ん……」


 そこへ、新たな料理を手に携えた給仕の男が訪れ、料理の説明を添えながら卓上にドロリと茶色に濁ったスープを置いた。

 そんな男に、テミスは一瞥をくれた後でチップを手渡すと、料理に視線を戻してスープから立ち昇る刺激的な香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

 本来ならば、料理の説明と配膳を終えた時点で、給仕の仕事は終わり。次に仕事をこなすべく、歩み去っていくのが道理なのだろう。

 だが、用事を終えたはずの給仕の男は未だテミス達の傍らに立っていて、何やら酷く気まずそうに視線を彷徨わせている。


「……何か?」

「はっ……!! い、いえ……!! その……」


 人の目など別段気にするところでも無いのだが、流石に飯を食っている所をこうも凝視されて話が別だ。

 胸の内でそう嘯いたテミスは、シチューにつけたナンのように平たいパンを口に運ぶ手を途中で止めると、目深に被った外套越しに給仕の男を見上げて問いかける。

 すると、給仕の男はあからさまに焦った素振りを見せて口ごもった後、ガクガクと膝を震わせながらゆっくりと口を開いた。


「た……大変……恐縮ではあるのですが……。もしよろしければ……お荷物を、お部屋までお運びいたしましょう……かッ……?」

「んん……あぁ……んむ……」


 時折声を裏返らせつつ、詰まりながらも給仕の男は口上を言い終えると、深々と頭を下げてテミス達の返事を待った。

 しかし、テミスはただ曖昧な言葉と共に息を漏らしただけで、空中で行き場を失ったかのように止めていた手を再び動かしてパンを口へと放り込むと、モグモグと口を動かしながら沈黙を貫いた。

 無論。給仕の男はその間も、テミス達の傍らで頭を垂れたまま返事を待ち続けているのだが……。


「…………。…………。ふぅ……。悪いが不要だ。自分の物は手元に無いと安心できない質でね」

「あ……ぅ……っ……!! ですが……その……えぇと……」


 テミスは口の中に広がるカレーに似たスパイシーな味を存分に楽しんだ後、満足気に一息を吐いてから給仕の男へと答えを返す。

 それは、つい先ほどとはいえ双月商会に轡を並べるルードたちと一戦を交えたが故に、テミス達にとっては当然の警戒ではあったのだが。

 給仕の男は断って尚困り果てたように言葉を濁すと、周囲へ視線を向けながら顔に張り付けたような中途半端な笑みを浮かべてみせた。


「フム……? あぁ……」


 そこで漸く、テミスは給仕の男の視線を追うように周囲へと目を向けると、自分達へと注がれる困惑と奇異の視線に得心して息を漏らす。

 どことなく察しが付いてはいたが、どうやらこの宿はかなり高級な店に類されるらしい。

 冒険者たちが日々のねぐらとして利用する宿や、マーサの営む宿屋のように様々な者たちが利用する宿屋では、こうして武器を携えて荷物を抱えている者の方が多い。

 だが、周囲を見渡したテミスの視界には、おおよそ認められる限り武器を携えている者も荷物を抱えている者も居らず、心なしか身なりも良いように思えた。

 つまるところ、今のテミス達はこの宿にとって異端であり異物。普通の客であれば注意して然るべき存在なのだろうが、ハクトが直々に案内してきた客であるが故に、大層扱いに困り果てているのだろう。

 ならば、それに足るだけの理由を与えてやればいい。

 テミスはスパイスの香りが残る舌でペロリと唇を舐めると、薄い笑みを浮かべて給仕の男へ向けて手招きをする。


「……? は、はい……失礼致しま――わっ……!?」


 それに従い、机の傍らに控えていた給仕の男がテミスの隣へと寄ると、テミスは素早い動きで給仕の襟首を捕まえると、驚きの声を無視して間近まで引き寄せ口を開く。


「我々ならば気にしない。それにすまんな、おいそれと手放せるような代物でも無いのだ」

「え……?」

「……見ろ。この剣はブラックアダマンタイト製でな。最高級品だ。目の届くところに置いておきたいんだ。構わないか?」

「ぁ……ぁ……はいッ!! はい!! 勿論でございますッ!! た……大変失礼いたしましたッ!!」


 テミスはそのまま、給仕の耳元で囁くように言葉を紡ぐと、鞘に収めて布を巻き付けた大剣を僅かに抜いて漆黒に輝く刀身を見せ付けながら言葉を続けた。

 我ながら、高価な剣を自慢したいだけの成金のような下品な物言いではあるが、肌身離さず持っている理由としては筋が通るだろう。

 胸の内でそう独りごちるテミスの傍らで、ブラックアダマンタイトの刃を見せ付けられた給仕の男が上ずった声で謝罪を口にしながら跳び下がると、深々と頭を下げて脱兎の如くテミス達のテーブルを後にした。


「…………。はぁ……」


 そんなテミス達のやり取りを呆れたような目で眺めながら、シズクは全てを諦めたかのような面持ちで料理を摘まむと、肩を竦めてため息を漏らしたのだった。

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