1598話 敗者の忠告
戦いを終えたテミスの一喝の後。
冒険者ギルドを襲撃した男たちは、恐れ戦き悲鳴をあげながらドタバタと騒がしい足音を立てて逃げ出していった。
尤も。殆どの男たちはシズクから受けた傷で動く事もままならず、真っ先に戦意を失って気絶していた者や、セレナへ闇討ちを仕掛けようとしていた男の介助を買って出た男の手を借りて、『落として』しまった自らの腕や足と共に痛みに苦しみ悶えながら去っていくこととなったのだが。
「さて……俺は任務失敗の報告でもしに行くかね……」
「待てルード。何故お前ほどの男がこのような下らん真似に加担している? 冒険者ギルドを敵に回せばどうなるか……わからんお前ではあるまい?」
「何を言っているか解らねぇな。なぁ……俺達ゃ冒険者だぜ? 慈善事業じゃねぇんだ。ギルドで仕事を請けているのだって報酬があるからさ。なら、少しでも稼げる所から仕事を請けるのは当然だろう?」
仲間の手を借りて去っていく男たちを眺めたルードは、挙げていた両腕を下ろして足元に転がした太刀の柄を拾い上げると、刀身の無くなってしまった太刀を片手で弄びながらゆっくりと歩き始める。
テミスはそんなルードの背を鋭い声で呼び止めると、広く分厚い筋肉を纏った背を睨み付けながら問いかけた。
だが、ルードから返って来たのは、皮肉気でテミスの意図を煙に巻くような答えだけで。
問いに答えるために足を止めたものの、テミス達を振り返ることなくボリボリと後頭部掻いているルードに、テミスは固く歯を食いしばって大股で歩み寄る。
仮にもルードは、魔王軍の軍団長まで務め、今も尚彼を知る部隊の者達から深い信頼を得ている人物だ。
そんな男が、嘯いてみせたような目先の金銭だけに釣られた浅薄で短慮な考え方をする筈がない。
故に。
何としても真意をこの場で吐かせてやる。
以前に救われた借りもあるし、何なら手を貸してやるのもやぶさかではない。
そんな思いを胸に、テミスは自分に背を向けたままのルードの肩を掴むべく腕を伸ばした。
しかし……。
「…………」
「――っ!! なッ……!?」
テミスの手がルードの肩へと触れる刹那。
ルードはクルリと身を翻しながら伸び切ったテミスの腕を掴み取ると、一言も発する事無く自らの方へと引き寄せる。
だが、ルードを呼び止めるだけのつもりであったテミスとしては、この動きは完全に予想外のものであり、腕を掴まれたことに抵抗する暇もなく、驚きに息を呑みながら為されるがままにルードの身体へと倒れ掛かった。
「何を――ッ!!」
「――まだ本調子じゃねぇんだろ。余計な事に首突っ込んでねぇで、今は大人しくお使いしてな」
「っ……!!!」
「町の西の外れに古くてデカいボロボロの屋敷があるからそこへ行け。くれぐれも、余計なオマケをくっつけていくなよ?」
テミスを引き寄せたルードは、そのままテミスの耳元に口を寄せると、低い声で口早に囁いてみせる。
それは紛れもなく、ルードがテミスの抱えた密命を察している証拠で。
加えて、ルードからもたらされた情報は、テミス達が何よりも探し求めていた詳細な目的地の情報でもあった。
「油断は禁物だぜ? ま、嬢ちゃんたちもしばらくはこの町に居るんだろう? 何かあったらそのうち訪ねっからさ。そん時はヨロシク頼まぁ」
ルードの囁きに、テミスはピクリと眉を跳ねさせて身を硬直させるが、腕を引いたルードは不敵な微笑みを浮かべて即座にテミスの腕を離して解放した。
そして、テミスが止める間も無く再び身を翻して足早にギルドの出入口まで退くと、軽薄な言葉を残して、ヒラヒラと手を振りながら立ち去っていく。
「っ…………」
そんなルードの背を、テミスは苦虫を噛み潰したような渋い顔で見送りながら、歯噛みをする事しかできなかった。
ルードたちが立ち去り、テミス達の他に残されたのはギルドホールの各所に点在する血だまりと損傷だけで。
嵐のように訪れては去っていったルードたちに、テミス達はただ茫然と立ち尽くしていたのだが……。
「ありがとうございましたッ!! まさかあの『雷光』のルードをも容易く退けてしまうなんてッ!! 素晴らしい戦いっぷりでしたッ!!!」
いつの間にかカウンターの裏から出てきていたセレナが、ルードたちが去っていった出入口へ視線を向け続けるテミスの手を取ると、深々と頭を下げながら礼を告げると共に言葉を続ける。
「ギルド内の清掃や掃除は私の方でやっておきますのでご心配なく!! どうせ誰も来なくて暇ですし! ギルド内での私闘についても、お二人は勿論不問です!! 費用の請求は全部あいつ等にしてやりますからッ!!」
「あ……あぁ……」
「あれだけの戦いをされたのです。ひとまず、今日の所は身体を休めてください! 何かお力になれる事がありましたらこのセレナ、全力でお力添えいたしますので!!」
そうまくし立てるセレナに気圧されながら、テミスはシズクの手を借りて手早く身支度を整えると、モップを片手に笑顔を浮かべるセレナに見送られて冒険者ギルドを後にしたのだった。




