1597話 勝利の条件
テミスの有する膨大な魔力と闘気を受け、高々と掲げられた大剣が白く輝き始める。
ルードは全力をぶつけると言った。ならば、不殺などと生易しい小細工を弄せば、競り負けるのはこちらだろう。
故に、放つのは月光斬。我ながら復調早々に無茶だとは思うが、今の私にできる全力を知るには良い機会だ。
「……本気を出すのは久々だ。鈍っていてくれるなよ?」
煌々と輝く大剣を構えるテミスの前で、ルードもまた己が太刀を構えると、その刀身が紫電を帯び始める。
雷撃を纏った斬撃。それだけならば、二人のかつての同胞である第三軍団長・リョースも扱っていた技術だ。
だが、あの斬撃に込められているのはそれだけではない。雷属性の魔術以外にも、もっと月光斬と似た何かが在るのを、相対するテミスは感じ取っていた。
「時間一杯だ。構わんな?」
「応さ。たまには俺も気張らねぇとな……」
向かい合った二人の剣から零れた力がビリビリと空気を震わせ、烈風となって周囲で戦いを見守る者達へ吹き付けられる。
その中には、力の奔流に中てられて気を失う者や、自らの負った傷すら忘れて震え出す者も居て。
しかし、シズクは刀を振るって刀身に付着した血を払うと、膨大な力を手に向き合うテミス達へと静かに視線を向けた。
自分一人では守り切れない。
テミスの月光斬が誇る威力は、たとえ頑丈な石造りの建物といえど易々と切り裂いてしまうほどだ。こんな所で放てば、間違い無く建物を吹き飛ばすだろう。
だが、シズクの周囲には気を失ったり怪我をした男たちや、カウンターの後ろで今も尚震えながら戦いの行方を見守っているセレナが居る。
自分一人と、セレナを連れて脱出する事はできても、この場に居る全員を救う事は不可能だ。
「ッ……!! テミスさん……ッ!!」
最早この戦いを見守る事しかできない。
そう察したシズクは、小さな声でテミスの名を呼ぶと、携えた刀の柄を固く握り締める。
もしもの時はせめて……セレナだけは守り通してみせる。
誰も殺すなというテミスの命に反すると知りながらも、シズクは密かにそう決意を固めると、静かに姿勢を落としてその時を待った。
そして……。
「ッ……オオオオオォォォォォォォッッッ!!!」
「ッァァァァアアアアアアアアッッッ!!!」
荒れ狂う力の奔流の只中で、二つの雄叫びが重なって混じり合った直後。
テミスとルードはまるで示し合わせたが如く同時に前へと飛び出し、互いに必殺の力を込めた剣を振るった。
互いに可視化されるほど強大な力が込められた二振りの武器。
それらは埃の舞うギルド内の空気を切り裂いて突き進み、バチバチとスパークする音を奏でながら真っ向からぶつかり合った。
刹那。
「ッ……!!!!」
バヂュウッ!! と。
煌々と光を纏っていた筈の二振りの剣は突如としてその光を失い、黒く光り輝くブラックアダマンタイトの刀身と、ボロボロに刃の毀れた鈍色の刀身が露になる。
「えっ……!?」
まるで時が切り取られてしまったかのよう無いような現象に、固唾を飲んで戦いを見守っていたシズクは、眼前の出来事を理解できずに驚きの声を漏らした。
だが、互いに渾身の力を以て振るった斬撃が止まる事は無く、テミスの大剣とルードの太刀はそのまま強烈に打ち合わされる。
――はずだった。
しかし、戦いを見守っていた誰もが予測していたであろう、けたたましい剣戟の音が響く事は無く、ルードが振るった太刀はテミスの振り下ろした大剣に触れるや否や、ガラスの砕けるような微かな音と共に折れ、宙を舞う刀身もまた地面に落ちる間も無くボロボロと崩れ落ちた。
「…………」
「……。フッ……俺の負けだ」
テミスとルードは、互いに武器を振り切った姿勢のまま数秒間の沈黙を保った後、先に刀身を失った太刀の柄を握り締めたルードが両手を挙げて敗北を宣言する。
その眼前でテミスは、酷く不機嫌そうに眉根を寄せながら、口を開く事なく振り切った大剣をゆらりと持ち上げて己が背へと納めた。
「ありがとよ。俺を斬らないでくれて。耐えられるとは思っていなかったが、まさか砕けちまうとは思わなかった」
「フン……私に花を持たせたつもりか? 忌々しい」
「いんや? 概ね作戦通りさ。俺達のな……。だろ?」
「やれやれ……」
二人は互いに背を向けたままボソボソと言葉を交わすと、不敵な笑みを浮かべたルードが握り締めていた柄と鍔だけになった太刀を手放し、床に落ちてごとりと音を立てる。
同質の力をぶつけ合っての対消滅。もしもルードがこの現象を狙って起こしたのだとしたら、途方もない離れ業だ。
結果としては、携えた武器の質が勝敗を左右する形となったのだが、圧倒的な技量の差を見せ付けられた形となったテミスは、ぎしりと悔し気に歯を食いしばって数歩前へと歩み、ルードとすれ違う形で距離を取った。
「見ての通り、私の勝ちだッ!! 下種共が……さっさと私の前から消えろッ!! これ以上続けるというのなら命の保証はせんぞ!」
そして、テミスはギルドのあちらこちらで倒れている男たちを、殺気の籠った視線で睨み付けると、凛とした声で高らかにそう宣言したのだった。




