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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第25章

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1591話 苦渋の語り部

「申し遅れました。私の名前はセレナと申します。この冒険者ギルドゲルベット支部で受付を担当しております」


 落ち着きを取り戻したギルドの受付らしき女性は、セレナと自らの名を名乗ると、テミス達に再び深々と頭を下げてから、この町の現状を語り始めた。


「双月商会がこの町に根を下ろしたのは、確か数年前だったと思います。それまでこのゲルベットは、どこにでもある穏やかな田舎町でした」

「フッ……」

「……? 何か……?」

「いいや。何でもない。続けてくれ」


 どこにでもある穏やかさ。

 話の枕としてそう語り始めたセレナの言葉に、テミスが思わずクスリと暗い笑みを零すと、それに気が付いたセレナが首を傾げて問いかける。

 常に様々な戦いの前線に身を置き続けたテミスは、そのあって当然が如く語られたどこにでもある穏やかさこそ、何にも代えがたい平穏であると知っていた。

 だからこそ、セレナの発する言葉の端々から、この地は長く戦いとは無縁な平穏な土地であったことが感じられて。

 ある意味でこのゲルベットという土地に住む人々とは、価値観が大きく異なるのだと改めて認識した。

 しかし、テミスは肩を竦めて内心を誤魔化すと先を促し、セレナもまた小さく頷きを返して、再び口を開く。


「何も無い田舎町に奴等が何故目を付けたのかはわかりません。ですが、田舎町に軒を連ねる商店が、当時から勢いに乗りつつあった双月商会に敵う筈もなくて……。多くの店が店を畳むくらいならと傘下へ収まったのです」

「…………」

「えっと……それだけ聞いていると、今の所なにも悪い所は無いように思うのですが……」

「ッ……!!」

「ひぅっ……!?」


 悲しげな表情を浮かべてつらつらと語ったセレナに、テミスの傍らからぴょこりと顔を出したシズクが、小首を傾げながら口を挟んだ。

 すると、セレナはシズクですら怯んでしまうほどの鋭い眼光を向けた後、すぐに我に返ったかのように目を見開いて、静かに目を伏せる。


「そうでしょうね……。先程テミスさんが仰った通り、真っ向からの店同士の争いで負けたのなら仕方のない話です。同じ物がお安く手に入るのなら、私だって安い方を選びますから」

「……その口ぶりだと、真っ当でない事が行われていたと言いた気だが?」

「えぇ。店は仕入れが命。奴等が来るまでは、行商人から手に入れたり、冒険者が買ってきた素材をギルドが卸す事で賄ってきました。ですが……ある日突然、いつもゲルベットに来てくれていた行商人の方が来なくなったんです! ギルドを介して話を聞いてみれば、ゲルベットへ向かおうとすると、野盗紛いの連中に襲われて脅されたとか……!!」

「フム……」

「それにッ!! ウチに出入りしていた冒険者たちからも、横から高値で素材を買い上げていったりしてッ!! お陰で依頼は失敗続き!! 無責任な連中の代わりに怒った依頼人の皆さんに頭を下げるのは私なのにッ……!!!」


 話をしているうちに、当時の怒りが込み上げてきたのだろう。

 セレナはカウンターの上に遊ばせていた手をギシリと固く握り締め、テミス達に語り聞かせる言葉に力が籠った。


「待て。冒険者連中にとって依頼の失敗はかなりの痛手の筈だ。多少ではあるが保証金も取られる事になるし、何より自らのランクに傷がつくだろう?」


 保証金は兎も角として、冒険者にとって自らの価値を示す指標でもあるランクが落ちる事は、目の前に多少の金額を積まれた所で譲れるものでは無い筈だ。

 何故なら、ランクが落ちれば受けられる依頼は簡単で報酬が安価なものに限られてしまうし、何より冒険者稼業に身を置く連中は指名依頼などの関係もあって舐められる事を嫌う性質を持つ。

 つまりそれこそ冒険者ギルドが、半ば独占で運営を続ける事ができる理由であり、この手の横やりを防ぐシステムでもあったはずだ。


「奴等にランクなんて関係無いわよ。ウチの依頼を失敗した連中は皆、そのまま双月商会付きのお抱え冒険者になったんだから」

「なんだと……?」


 しかし、テミスの質問にセレナは荒々しい口調で吐き捨てると、道端に落ちた糞でも眺めるかのような蔑みの視線で、誰もいないホールの方向を睨み付けた。

 田舎町とはいえ、冒険者ギルドに出入りする冒険者をまとめて買収するなんて、どう考えても割に合う話ではない。

 だが、驚きに息を呑んだテミスの脳裏には、この利害を無視した異様とも言える双月商会の動きに、一つの直感が警鐘を鳴らしていた。

 それは、かつて培った秩序の守護者としての直感。

 否。経験に裏打ちされた確信と言っても良いのだろう。

 合理性からかけ離れた動きの裏には、必ず秘された真なる目的がある。


「あとは……戦力を手に入れた連中がやる事といったら一つしか無いわよね。自分達の犬に成り下がればうまい汁を吸わせてやるって誘いと、町を裏切った冒険者連中を使った脅しに嫌がらせ。仕入れを断たれて、生活すらままならない状態でそんなことされたら、みんなひとたまりもなかったわ」


 キラリと瞳を光らせたテミスが考え込む素振りを見せる前で、セレナは握り締めた拳を悔し気に震わせてそう言葉を付け加えた。

 一方で、テミスは自らの中で閃いた直感を掴み取るために、意識を思考へと向けてブツブツと独り言をつぶやき続ける。

 テミス達の来訪すら察知する双月商会の情報網に、何故か直々に出迎えに来る商会長。そして、セレナから聞いたこの町が双月商会に支配されるに至った経緯。

 一つ一つは、ただきな臭い程度の印象しか受けない薄い情報。それがテミスの中で、点と点が繋がって線となるが如く、一つの答えを導き出しかけた時だった。


「――っ!! テミスさん!!」


 ピクリ。と。

 耳を跳ねさせたシズクが突然身を翻すと、ギルドの出入口へ向けて身構えて腰の刀へと手を番える。

 直後。


「おぉ~いッ!! セレナちゃぁ~ん。イヤだイヤだと我儘ばっかり言ってないで、今日こそセレナちゃんにもウチの傘下に入って貰うぜぇ……? この間は痛い目に遭わされたからな、そのお詫びも貰わねぇとなぁ……?」


 ギルドの入り口のドアが荒々しく開かれ、そこから耳障りな口上を垂れ流しながら、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた男たちが十人ほどなだれ込んできたのだった。

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