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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第25章

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1586話 気紛れな即興劇

「……行ったか」


 テミスは宿の広々としたホールの中程から、しきりに自らへ向けてペコペコと頭を下げながら去っていくハクトを眺めながら呟きと共に溜息を漏らす。

 彼の計らいにより、テミス達はこの宿で一番高価な部屋を宛がわれ、その支払いも全て双月商会が負担する事となった。

 言うまでもなく破格の待遇。通常ならば、この垂涎たる状況に一も二も無く飛びつくのが人心というものなのだろうが、生憎テミス達は密命を帯びる身。いうなればハクト達双月商会の胎の中とも言うべきこの宿は酷く都合が悪い。

 故に。これでもかというほど食い下がるハクトに対して粘りに粘った結果、ひとまずはこの部屋を一週間押さえるという形で決着がついたのだ。


「……やれやれ。酷く疲れた。ひとまず部屋で休むとしよう」

「はい。それは勿論。私も少々くたびれていましたし、否やは無いのですが……」

「何だ……? 質問なら手短にしてくれ。ただでさえ、あんな広くて豪華すぎる部屋を宛がわれて肩が凝りそうなんだ。一刻も早く横になってしまいたい」

「もぅ……。人前ですよ。外套があるとはいえ、もう少ししっかりなさってください」


 がっくりと肩を落として脱力し、まるで幽鬼のような格好でフラフラと歩き始めるテミスに付き添いながら、シズクは呆れたような笑みを浮かべて周囲へと視線を走らせた。

 夕暮れ時前の宿だけあって、そこにはそれなりに人々が集まっており、居合わせた人々は一様に好奇と疑惑の混じり合った視線をテミス達へと向けている。


「……その調子で良い。今はさっさとこの場を離れるぞ」

「っ……!!! はい」

「嫌だ。疲れた。冗談じゃない。何で私がこんな事をしなくちゃいけないんだ。今日はもう寝るッ! 何もしないぞ!!」

「そんなだらしの無い事を叫ばないでください! みっともないですよ!! あぁ……もぅ! わかりましたから! ささ、お休みになるのでしたら早く行きましょう!」


 刹那。

 フラリと大きく身を傾がせたテミスは、傍らを歩くシズクに身を寄せて素早く囁くと、まるで酔っ払いの千鳥足の如き足取りで自分達の部屋へと繋がる階段へと歩みを進めながら、子供の我儘のような叫びをあげる。

 片や、シズクはそんなテミスを叱責しながら、ふらりふらりと怪しく揺蕩うその背を押して、足早に視線を向ける人々の前から姿を消した。


「……。あの……まだやるんですか?」

「付けてきている奴は居るか?」

「ッ……! 大丈夫……だと……思います。ごめんなさい、人が多過ぎて音が……」

「……なら、あと少しだけ続けよう」


 テミスの背を押して階段を上ったシズクは、簡素ながらも品のある装飾が施された二階の踊り場に辿り着くと、前を行くテミスの背に額を付けて囁くように問いかけた。

 それに対し、テミスもまた自らの体重をシズクへと預けると、フラフラと身体を揺らしながら言葉を返す。

 そんな二人の演技は、一般客の出入りが許されている二階を超えて、高級な部屋を利用する者しか立ち入りの許されていない三階へと辿り着くまで続いた。


「ハァ……やれやれ。ハクトの奴、どうやらこの町ではそれなりに顔が知れているらしい。お陰で私達までいらん注目を浴びる羽目になった。まぁ……あちらはそれを狙ってやっているのだろうが、迷惑な話だ」

「だからって……急にあんな事言い出すなんて……。せめて事前に知らせてからにして下さいよ! びっくりしたんですから!」

「ククッ……そう言う割には、なかなかどうしていい芝居だったと思うがな。あれならば、駄々をこねる娘とその付き人と映ったに違いない」

「半ば本心ですから。咄嗟の事だったのである程度お話は合わせましたけど、流石に心まで偽る余裕はありませんでしたし」

「えっ……?」


 人気のないひと際豪奢な装飾の施された廊下を、演技を止めたテミスとシズクは自分達の部屋へと肩を並べて歩きながら言葉を交わす。

 しかし、軽い怒りの気配を纏ったシズクが放った言葉に、テミスは思わず足を止めると、受けた衝撃の大きさに呆けたような表情を浮かべてシズクへと視線を向けた。


「シズク……今……何て……? 私はてっきり、人目を欺くための芝居だと思っていたのだが……」

「そんな事は良いですから!! それよりも、聞きたい事が山ほどあるんです!! どうしてハクトさんの申し出をあんなに頑なに断ったのか、とか。出して頂く食事の素材まで事細かに質問をしていたのか、とかですッ!!」

「ッ……。あ……あぁ……。わかった。今後の方針も踏まえて、その辺りもきちんと話すから……」


 そんなテミスを置き去りに、シズクは激しい語気で言葉を重ねながらずんずんと足を進めていく。

 テミスはその背を呆然と眺めると、僅かに頬を引き攣らせながら慌ててシズクの後を追ったのだった。

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