1584話 商人の正眼
「お初にお目にかかります。私の名はハクト。双月商会を取り仕切りをさせて頂いております。元・魔王軍第十三軍団長にして黒銀騎団団長、テミス様。お連れのご同輩は……もしやギルファーが誇る才媛、シズク様ですかな?」
もうもうと立ち込める煙の中から歩み出た兎人族の男は、テミス達へ向けてぺこりと頭を下げると、にっこりと笑みを浮かべて問いかける。
しかしその視線は、鋭い光を帯びており、テミスが密かに気を引き締める傍らで、シズクもまた僅かにピクリと肩を跳ねさせた。
「あらら……そう警戒なさらずにッ!! あの姿でお二人に近付いたのは謝りますが、なにぶん騒ぎを起こさずにお二人へ接触するにはアレしか方法が無くてですね……」
「……構わん。それで? 私に何の用だ? そちらからこうして接触してきたのだ。何か意図があるのだろう?」
「いいえっ! 私共から求めるなどとんでもない! テミス様方がこちらへ向かわれていると小耳に挟みまして、お力になれる事があるのでは……? と参上した次第でありまして!」
名乗りを終えたハクトは、テミス達の醸し出す空気を鋭敏に察知すると、大仰な身振り手振りを交えて語り始める。
しかしその間も、ハクトの視線が自分とシズクへと向けられたまま動いていない事を見逃さなかったテミスは、頭を下げた格好で動きを止めたハクトに静かな視線を向けた。
「…………」
こうして相対しただけでは、悪意も敵意も感じない。
大商会の主たるハクトが直々に出迎えに来たのも、商人として情報を逃さない敏腕たる証とも言えるだろう。
しかし、人の良い笑顔を見せてはいるものの、その実ハクトはこちらに対して欠片たりとも心を許していないのは明白であり、今もさり気なく私とシズクを視界の内に置いているその動きが、何よりの証拠だった。
「つまり、私達を秘密裏に町へ招き入れてくれるという事か?」
「っ……!」
「えぇ! えぇ!! そうですとも! まぁ……秘密裏にとは言っても町に入った記録だけは残させていただきますが……。他にも、滞在期間やご予定などお申し付けくだされば、案内の者から宿、そして戦力になる者達でもご用意できます!」
だが、ひとまずこの場においては無害だろう。
そう判断したテミスは、ハクトの申し出に乗ることを決意すると、クスリと不敵な微笑みを浮かべて問いを口にする。
それに対してハクトは、とても嬉しそうに笑顔を浮かべて何度も頷いた後、両手を広げて更に自分達を売り込んで来た。
「悪いが、町へ入れてくれるだけで構わない。そう路銀の持ち合わせが多い訳でも無いのでな。それすらも金額次第では断るつもりだ」
「なんとっ!! 失礼ですが、私共を他のアコギな連中と同じにして貰っちゃ困ります! テミス様ほどの方に来ていただけるだけでも僥倖というもの!! 町へお通しする際に便宜を図るなど当たり前の事です!! 勿論! 商人の誇りに懸けてお金など、木貨一枚とていただきません!」
「いいや。タダで恩を受けては私の名が廃る。こうも便宜を図ってくれたのだ、少ない額だが取っておいてくれ」
疑い深く言葉を重ねたテミスに、ハクトは自らの腰に手を当てて胸を張ると、ほんの僅かに怒気を込めて朗々と言い放った。
しかしテミスの脳裏には、タダより高い物はないという慣用句が燦然と輝いており、その警報に従ったテミスは懐から素早く閃貨を三枚取り出してハクトの手に握らせる。
「あぁ~っ! こんな……こんな……いけませんっ!!」
「気にするな。それとも、お前は私の感謝の気持ちすら受け取ってくれないというのか?」
「と、と、と……とんでもない!! ありがとうございます! テミス様の寛大なお心に深く感謝をッ……!!」
「感謝など要らん。正統な報酬さ」
「ははッ……!! で、では有難く……。と、ところで、ご滞在は何日ほどで……?」
ハクトは大仰な言葉と動きでテミスの手から逃れようとするも、貨幣を握らせたテミスの金剛力が手を開く事を許さなかった。
結果。
テミスの手から逃れる事を諦めたハクトは、深々と頭を下げながら三枚の閃貨を懐へと仕舞いこみ、チラリと視線を上げて問いを口にした。
だが……。
「すまないが、予定がまだどうなるかわからないんだ。ひとまず無期限の滞在としておいてくれると助かる。予定が分かり次第そちらには知らせよう」
「っ~~~~!!!!! 無……期限……でございますかッ……!! か、畏まりましたぁッ!!」
テミスがその問いを飄々とした態度で躱してみせると、ハクトは再びペコリと頭を下げながら、絞り出すような声で答えを返したのだった。




