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147話 仮面の下の素顔

「ハッ! ……クッ……このッ……!!」

「ハハハハハハッ! ホラホラ、どうした? なんだか楽しくなってきたな?」


 フリーディアが去ってから、戦局は一変していた。足止めをする側となったテミスはひたすらに攻撃を躱し続け、対するライゼルは焦れた顔で怒涛の攻撃を仕掛けている。

 一見すればその光景は、ライゼルがテミスを追い詰めているように映る。しかしその実態は真逆だった。仲間の到着を待つだけでよいテミスは回避に徹するだけで決して攻勢にはまわらない。そして、フリーディア達が戻ってくる前にテミスを倒し、その背に守護されているファントを落とさなければならないライゼルの攻めには焦りが産まれ、その焦りが無理な攻めを呼び込む。


「セイッ!」


 ライゼルは気合を込めると、手に持ったカードで正面からテミスへと切りかかった。同時に宙を舞うカードを操り、退路を塞ぐと同時に死角から一撃を叩き込む。

 

「ハハハッ! そら! 隙だらけだぞ?」

「グッ……」


 だがその選択こそが間違いだった。守りを捨てた隙を見逃さなかったテミスの刃がライゼルに迫り、すんでの所で辛うじて躱すもその身を浅く削り取っていく。そして、切り札であったはずの死角のカードは制御を失ってその場で動きを止めていた。


「おお。今度は下がお留守だ」

「ガハッ……」


 おちゃらけたテミスの声と共に、ライゼルの腹に苦痛と衝撃が走る。驚愕に視線を下げれば、いつの間にか繰り出されていたテミスの足が、深々と鳩尾に突き刺さっていた。


「グッ……ゲホッ……」


 堪らずライゼルは数歩後ろに退き、疲労と痛みをこらえながらテミスを睨み付けた。しかし絶好の好奇であるにも関わらず、退くライゼルをテミスはただ意地の悪い笑みを浮かべて眺めているだけだった。


「っ……」


 さっきからこの調子だ。意識をカードに回し、テミスの背後から回収しながらライゼルは歯噛みした。こちらの部隊は二個師団。町を攻め落とすには十分過ぎる戦力のはずだが、テミスのこの余裕がどうしても引っかかる。それに加えて、魔王軍の軍団長に匹敵する戦力であるフリーディア様が敵側に付いている……。


 攻めているはずなのに追い詰められている。それがライゼルの現実だった。


「チッ……使えないクソ魔女がッ……」


 頭の中で現状を分析しながら、ライゼルは苛立ちを吐き捨てると眼前のテミスを静かに見据えた。そもそも、奴がマトモな戦力を寄越してさえいれば、無理に攻める事無く、もう少しマシに戦いを進められると言うのに……。


「ぐあッ……」

「ぎゃあっ!!」


 突如。膠着したはずの戦場に断末魔の悲鳴が立ち上った。


「何をっ――っ!?」


 驚愕したライゼルがテミスの視線を追うとそこでは、倒れ伏した二人の兵士が血の海へと沈んでいた。


「貴様ッ……! 僕を弄ぶだけではなく、兵にまで手を出すかッ!!」

「ハン……」


 その光景にいきり立ったライゼルが鋭くカードを放つと、まるで虫でも払うかのように大剣でそれを薙いだテミスが嘲笑を零す。


「おかしな話だ。自分から攻めて来ておいて……刃を向けておいて文句を言うのか? これは戦争だ。まさか、殺される覚悟も無しに、我々を殺しに来たとでも?」

「っ……だが、彼等はお前に武器を向けていないはず――」

「ああ。そうだな。だが私の目的が町の防衛である以上……当然ながら、横をすり抜けられる訳にはいかんのだよ」

「何ッ!? 馬鹿なっ……巻き込まれないように下がって居ろと指示を出したはず……」


 テミスの言葉に、目を見開いたライゼルが殺された兵士達へと目を向ける。確かに、彼等の倒れている位置はテミスのほぼ真横。ライゼル達の決着を見守っていると言うよりは、テミスの目を盗んですり抜けようとしている位置だった。


「功を焦っての命令違反。成功すれば一躍英雄だが、失敗すれば大罪人だな。まるで、どこぞの誰かの様だ」


 テミスは蔑んだ目で倒れ伏す兵士を見やると、そのまま視線をライゼルへと向けて口角を吊り上げた。耳を澄ましてみれば、微かに爆炎や剣戟、そして鬨の声が聞えて来る。この分ならばそう苦労せずに頭を落とせそうだ。

 テミスはそんな事を考えながら心の中でほくそ笑んでいると、息を吐いたライゼルが静かに口を開いた。


「本当は問うつもりも、殺すつもりも無かったのだけれどね……」


 カードを周囲に展開したまま、冷静さを取り戻したライゼルの目がテミスを射抜いた。


「こうして実際に戦って分かったけど、テミス……君はもともと、この世界の人間ではないね?」

「っ――!?」


 その問いに僅かに眉を揺らし、息を呑んだテミスを見てライゼルは静かに頷いた。

 それならば全て、説明はできる。フリーディア様が敵側に付いた理由も、人間である彼女が魔王軍に居る訳も。そして、女神の力を授かった僕と対等以上に渡り合える理由も……。


「やっぱりね……。どんな密命かは知らないけれど、君がこの町に固執する理由は何だ?」

「下らんな……何を勘違いしているかはおおかた想像は付くが、それに答えてやる義理も無い。ただ一つ言えるのは、お前は私の敵だという事だけだ」

「そうか……残念だ」


 会話を交わしながら周囲を漂うカードの一枚が、静かにライゼルの手の中へと納まる。こちらの正体を明かしてまで確認をしたと言うのにこの態度。彼女がどちらの陣営に属しているのだとしても、僕にとって今後の障害になる事は確からしい。


「裁定の時だ。死神の鎌は邪なる魂のみを刈り取る。進み続けたその道の果て、悪に下る裁きは絶対の死だ」

「なっ……!!!」


 ライゼルがそう口にした瞬間。手に取った一枚のカードが漆黒の光を放ち、暴風が周囲に吹き荒れた。それはたった数秒で収まったが、突如として視界を閉ざした土煙が払われるとそこには、黒々とそびえ立つ大鎌を構えたライゼルが佇んでいた。


「ここからは本気で君を殺す……」

「ハッ……笑顔の仮面を剥けばその正体は無感情な死神ってか……勇者を気取るアイツも大概だったが、お前も相当だな」


 ライゼルから放たれ始めた静謐な殺気を受け止めたテミスは、皮肉気な笑みと共にそう告げると、ガシャリと大剣を構え直したのだった。

2020/11/23 誤字修正しました

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