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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第25章

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1578話 秘されし仮宿

「余所へ行きな」

「はっ……?」


 テミスを一目見るなり、出迎えた宿屋の主人が発したのはにべもない言葉だった。

 とても小柄で尖った耳を持つ宿屋の主人は、ぎょろりと開いた目玉でテミス達を睨み付けると、酷く面倒だと言わんばかりに盛大なため息を一つ吐いてから再び口を開く。


「そんな風に目深に外套を被ってちゃ、ワケアリだって大声で言って回っているようなモンだ。ウチは金さえ払えばどんなヤツだって泊めるけどね、面倒事を持ち込むヤツだけは御免なんだよ」

「…………」

「す……すみませんっ! 面倒事を持ち込むつもりは無いんです。ただ一晩泊めていただけるだけで……」

「フム……」


 店主の言葉にピタリと動きを止めたテミスの傍らから、外套のフードを外したシズクが慌てて進み出ると、じろじろと遠慮のない視線を向けてくる店主へ言葉を返す。

 だが、店主は外套を外したシズクを一瞥して一息を吐くと、まるでテミスにも素顔を晒せと言わんばかりにじろりと睨み付けた。


「……アンタ等が冒険者で女二人ってだけで苦労している事くらいはわかるさ。でもこっちだって一晩とはいえ家の中へ招き入れるんだ。顔も見せられないようなヤツは泊められない。わかるだろ?」

「うぅっ……でも……そこを何とか……」

「駄目だ。金とウチの安全。アンタらが何処のどいつだろうと構わないが、これだけは譲れないね」

「チッ……」


 それでも尚、頑なにフードを取ろうとしないテミスに、店主は眉根に深い皺を寄せて懇々と言葉を重ねた後、食い下がろうとしたシズクにピシャリと断言する。

 尤も、自らもマーサの宿屋を家と定めているテミスにとって、主人の主張はぐうの音も出ない程の正論で。

 僅かに逡巡を見せたものの、最後には小さな舌打ちと共にバサリと外套のフードを外してみせた。


「……こいつは驚いた。まさかこのパランクスで人間を見る日が来るなんて……。それにその風体……」

「これで構わないんだろう? 我々二人で一部屋、ベッドは別々。幾らだ?」

「ちょいと待ちな。看板を下げて来るよ。今夜だけで良いんだろ? 貸し切りにしてやる。安心しな。一部屋分の値段しか取らねぇから」


 そんなテミスを見た主人は、元々大きな目玉をこぼれんばかりに見開いて驚きを露にすると、皮肉気に叩き付けたテミスの問いに答えながら、カウンターを出て店の外へと駆け出して行く。


「テミスさん……」

「大丈夫だろう。……恐らくだがな。どちらにしても、今更後には退けん」


 不安気に表情を曇らせたシズクが、店の外から微かに響いたカラン……という音を聞きながら呟きを漏らすが、テミスは肩を竦めて短く言葉を返すと、飛び出していった店主が戻るのを待った。

 魔族領奥深くのこの町で、人間であるテミスが己の正体を晒すのはかなりのリスクを伴う。

 万が一、この宿の主人が人間に対して敵意を抱いていたのなら、今に呼び寄せられた衛兵や冒険者たちが、殺意をむき出しにしてあの扉を破ってくる事だろう。

 だが、テミスが胸の片隅で僅かに抱いた不安を掻き消すように、すぐに店の中へと戻ってきた店主は、看板を手に入口の戸に鍵をかけてしまう。


「よし……これでもう他の客は入って来れねぇから安心してくれ。食事はどうする? いつもは用意しねぇんだが、そのナリじゃ飯を食うにも一苦労だろ。材料代さえ出してくれるってんなら作ってやってもいいぜ? ま……そっちの姉ちゃんが調達するってんなら話は別だが」


 そして、店主はドアの傍らにゴトリと外した看板を置くと、驚くほど人の良い笑顔を浮かべて言葉を続けた。


「……!」

「フッ……。なら、好意に甘えるとしよう。コレで二人分頼む」

「ッ……!! 待ってくれ。幾ら飯代も込みとはいえ多過ぎだ。こんなに貰えねぇよ」


 そんな店主に、テミスは懐から一枚の蒼く輝く貨幣を三枚取り出すと、チャリンと音を立ててカウンターの上へと置いた。

 無論。人間界の銀貨に値する蒼貨には、一枚でもそこそこ高価な宿に泊まることのできるくらいの価値があり、それを一泊の宿代として三枚も支払うのは、宿の主人が言う通り多過ぎると言える。


「気にするな。店主の心遣いに対するせめてもの礼だ。その様子だと、どうせ私が誰だか気付いているのだろう?」

「っ……!! 勿論でさぁ……アンタならここに居ても何ら不思議じゃねぇ。元・第十三軍団長テミス様……」

「おいおい、『様』なんて止せ。今の私はただの旅人。この町にもぶらりと寄っただけに過ぎん」


 つまるところ、この多過ぎる宿代の支払いは、店主に対する口止め料の意味も含んでいる訳だが。

 その意図はどうやら店主に対して正しく伝わったらしく、不敵な微笑みを浮かべるテミスに対して、店主は恭しく首を垂れた。


「アンタがそう言うのなら、そうなんでしょうな。なら、何故か今日は気分が良い。だから勝手に、飯はいっそう腕を振るわせて貰うぜ。部屋はこっちだ。案内しよう」

「クス……楽しみにしよう」


 テミスはニヤリと意味深な笑みを浮かべながら差し出された鍵を受け取ると、店の奥へ向けて身を翻した店主の背に付いて歩き始めたのだった。

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