1575話 見送る背中
翌日。
肩を並べたテミスとシズクは魔王城の正門を背に、ファントへ向けて帰還するフリーディア達と、ギルファーへの帰路へ着くヤタロウ達を見送っていた。
尤も、馬車一台にコハクと数名の護衛兵のみを連れているヤタロウ達は、完全にファントへ戻るフリーディア達の部隊の一部と化してしまっているのだが。
「気を付けろよ。全員な」
「えぇ。勿論よ!」
「問題無い。むしろ、そのような者が挑んで来るのならば歓迎しよう」
「ハハ……」
戦う力の無いヤタロウとアリーシャ。
テミスはその二人へ向けて忠告をしたつもりだったのだが、二人に代わって傍らに立つ護衛が答えを返した。
だが心配があるとすれば、不敵な微笑みと共に腰の刀を軽く持ち上げて示したコハクよりも、胸を張って自信満々に言い放ったフリーディアの方で。
単騎であっても敵を圧倒する事ができるであろうコハクとは異なり、フリーディアの部隊は強力な戦力を多数抱えている。
強力な戦力は扱いを間違えたり、自分勝手に動かれれば、たちまち自らを窮地へと追い込む諸刃の剣だ。
テミスの率いる黒銀騎団のように、完全な統制が取れていれば問題は無いのだが、今のフリーディアの傍らに居るのは、そもそも配下ですらないレオンに血気盛んなヤヤ、フリーディアと反りの合わないサキュドと曲者揃いだ。
「…………」
「ん……? どうしました? 俺、顔に何かついてます?」
「いや……? まさか、問題児も良い所だったお前が、一番まともに思える日が来るとはな……と、驚きに浸っていただけさ」
「えぇっ……!? 急になんですか……酷くないですか?」
「褒めているんだよ。それとも何か? 反逆紛いのヤンチャをして、その腕を斬り飛ばされた話でもするか?」
「いいえっ!! よぉくわかりました! お褒め頂き感謝感激雨あられ。俺、過去は振り返らない主義なんです」
「フッ……ククッ……!!」
テミスは自らの皮肉に、大仰な身振り手振りと共に言葉を返すヴァイセに、思わず笑い声を漏らした。
恐らくは、今の性格がヴァイセ本来のものなのだろう。あの一件以来、ヴァイセは鍛練も真面目に行うし、出された命は手を抜く事無く遂行するようになり、猛者揃いの黒銀騎団のなかにあってメキメキとその頭角を現している。
それでこそ、敢えて部隊長に抜擢してやった甲斐があるというものだが、あれだけ捻くれ、ねじ曲がっていた性根がここまで素直に矯正されると、それはそれである種の不気味さすら湧いてくるのだから不思議なものだ。
「まぁいい。なら、恐ろしく前向きで忠義者なお前に命ずる。ファントに帰着するまでの間、部隊を率いるフリーディアの補佐を務めろ。ヴァイセ。お前が次席指揮官だ」
「なっ……!」
「……!」
「っ……!? テミス様!?」
「ちょっと……!!」
クスクスと喉を鳴らして笑い終えたテミスは、不敵に口元を歪めたままヴァイセを指差すと、朗々と声を張り上げてそう宣言した。
だが、その言葉に反応したのは当のヴァイセではなく、フリーディアの後ろで肩を並べていた猛者たちで。
その中でも、尤も感情を露わにしたヤヤが誰よりも早くテミスの前へと進み出ると、頬を紅潮させて口を開く。
「待ちなさいよ! 貴女が留守を任せるフリーディアが指揮官なのは仕方ないとしても、次席指揮官……副隊長は実力や格式からみてもこの私でしょう!?」
「ハァッ!? 何を勝手な事を吠えているのかしら!? テミス様の代わりを務めるのは副官たるこのアタシ! テミス様! そのような大任、コイツに務まる筈がありません! どうかご再考をッ!!」
「フン……勝手にしろ」
「ハハ……あんな事を言っておりますが……。フリーディア様?」
続いて気炎を上げたサキュドと共に、鼻を鳴らしたレオンが不貞腐れたように呟きを漏らし、乾いた笑みを浮かべたカルヴァスは不安気にフリーディアへと伺いを立てている。
彼等の言動を鑑みるに、テミスが懸念していた通り、全員が自分を部隊のナンバー2だと認識していたらしいという事だ。
各々に理由はあれど、この有様では部隊の崩壊は目に見えていて。
それを察しているのか、フリーディアは困ったように笑みを浮かべただけで、口を挟む事無くテミスへと視線を向けていた。
「ハァ……ったく……。お前達がそんな風だから、一番状況が見えていそうな奴を指名したのが解らんか?」
「ですがッ……!!」
「黙れ。決定に変更は無い。お前達が好き勝手に動いた結果どうなると思う? 何故私がお前をファントへ戻らせるか……考えの至らんお前ではあるまい?」
「ッ……!!!! も、申し訳……ありません……」
溜息と共に結論をまとめたテミスに、サキュドは更に一歩前に出て抗弁を試みるが、テミスはギラリと殺気の籠った視線を以て黙らせると、そのまま不満を露わにした面々を睨み付けて問いを投げかけ、最後に再びサキュドへと視線を戻して問いを重ねる。
その一喝には、不満を口にした全員が同じ惨状を想像したらしく、直接テミスに諫められたサキュドはガックリと肩を落として謝罪を口にした。
「……フリーディア。後は頼む」
「わかったわ。任せて。じゃあ、全員出発の準備を!」
だが、叱責の意も込めていたテミスは、サキュドに言葉を返す事はせず、そのまま視線をフリーディアへ向けて淡々と言い放った。
それを受けて、フリーディアは柔らかな笑みと共にコクリと頷くと、部隊へ声高に号令をかけた。
「じゃあ……行くわね」
「あぁ。任せた」
「ふふ……。さ、アリーシャ。何か言いたい事、あるんでしょう?」
「っ……!! う、うんっ!! ねぇ……テミス……! 私、お母さんと一緒に待ってるから。気を付けてね?」
「あぁ。アリーシャも気を付けて。くれぐれも、家に帰るまで気を抜いたら駄目だぞ? フリーディア達から離れるなよ?」
「あはは……テミスったら心配し過ぎ。でも……うん、わかった!」
サキュド達がフリーディアの号令に従い、駆け足で馬車の方へと向かっていく中。
フリーディアは、唯一その場に残っていたアリーシャに微笑みかけながら告げると、優しくその背をテミスの方へと押した。
テミスはそんなアリーシャと言葉を交わした後。
穏やかな笑みを浮かべて、馬車へ向けて身を翻したアリーシャとフリーディアの背を見送ったのだった。




