1572話 共犯者の憂い
ギルティアとの面会を終えたテミスは、ルギウスの案内に従って帰路へと就きながら密かに頭を悩ませていた。
今回の依頼を遂行するにあたって、アリーシャ達と別行動になるのは必至。となれば勿論、その理由を説明しない訳にはいかないだろう。
だが、軍団長以下の者達に緘口令まで敷かれている今、必要最低限ならばという条件付きで許可されたといえども、ギルティアの現状を知る者をおいそれと増やすべきではない。
故に、ギルティアの現状を伏せたまま、フリーディア達が納得するような理由を用意しなくてはならないのだが。
「フゥム……」
「ハハ……随分とお悩みだね? けれど、魔王軍旗下の者を随伴させても構わないと言われているんだ。もっと気楽に構えても良いと思うけれど?」
「あぁ……その件もあったな……。だがルギウス、お前判って言っているだろう? 私が今更、魔王軍の兵を同行させるつもりなど毛頭無い事を」
「まさか。ゲルベットはこのヴァルミンツヘイムほどでは無いけれど中々に大きな町だ。それに、ゲルベットから更に西へ進んだ先にあるアルブヘイムとは正式に国交こそ無いけれど、争っている訳でも無いからね。かつてのファントやラズール近郊に比べれば平和なものさ」
「……どうかな。それはあくまでも、お前たち魔族はという話だろう?」
「っ……! ……そうだね」
柔和な微笑みを浮かべて告げるルギウスに、テミスは変わらず思考を続けながら言葉を返すと、ルギウスは小さく息を呑んで口を閉ざした。
テミスとて、ルギウスが自分を慮って助言をしてくれたのは理解している。
だが、人間であるテミスと魔族であるルギウスとではどう足掻いたってその視点にズレが生じるのは仕方の無い事で。
争いとは縁遠い平和な場所であるという事は、同時に情勢の変化が及んでいない……若しくは緩やかであることを意味している。
それはつまり、このゲルベット近郊においては、未だに人間を敵視する者達がごまんと居ても何ら不思議ではないという事だ。
だからこそ、魔族であるルギウスにとっては同胞ばかりの平和な土地であっても、人間であるテミスにとってはそこいらじゅうに敵が潜んでいるとも知れない危険な土地と化してしまう。
「ま……別に同行者は居なくても構わんがな。魔王軍の旗下とはいえ、腹の内の知れない連中に背を預ける気は無いし、かといって私の知り合いでは連れて行ける者も限られてくる」
「なら、君の副官のサキュドでは駄目なのかい?」
「駄目ではない。だが、奴はファントへ戻るアリーシャの護衛に就かせたくてな」
「あぁ……確かに。第五軍団から護衛をつけるけれど、君がゲルベットへと向かい、僕がヴァルミンツヘイムを離れられない以上、行きに比べて帰りは手薄になってしまうね」
「そうだ。フリーディア達が居るとはいえ、これ以上手勢を減らすのは得策ではない。人間に恨みを抱く連中にとって、これ以上の好機は無いだろう」
「ふぅむ……。そうなると……困ったね……」
僅かに空気が軋む雰囲気を感じたテミスが、それを誤魔化すかのように自らの考えを明かすと、ルギウスは静かに頷きながら低く喉を鳴らして考え込み始める。
そもそも、魔族であるという縛りがかなり厳しいのだ。
その時点で、仮に協力を取り付ける事ができるとしてもロンヴァルディア勢は全滅だし、テミス旗下のヴァイセも候補から外れてしまう。
条件だけで言えば、ルギウスが最も適任なのだろうが、軍団長である彼は今ヴァルミンツヘイムを離れる事はできない。
そうなると残るは、ギルファーの者達とサキュドくらいしか候補が居ないのだ。
「まぁ……細かいことは後だ。それよりもルギウス、上手く私に話を合わせろよ? 連中の事だ、ある程度強引に説き伏せねば全員でゲルベットへ赴く羽目になる」
「えぇと……あまり無茶はしないで貰えると助かるかな。君を巻き込んだ側の僕がこう言うのも何だけれど、咄嗟の事ではうまく対応できる自信がないからね」
「クク……そこはお前の手腕に期待するとしよう。例の件を伏せるのだ、強引な力技で行くか、ある程度危ない橋を渡る羽目になる」
「……君の期待に沿えるように努力するよ」
そうこうしている間に、テミス達は宿泊している十三軍団区画のあたりに差し掛かると、歩調を緩やかなものへと変えて言葉を交わした。
そして、テミスは帰り着いた大きな扉の前でクスリと不敵な笑みを浮かべると、苦笑いとともに頬を引き攣らせたルギウスの前で扉を開いたのだった。




