1569話 魔王を訪ねて
魔王城は広い。
部外者であるテミスたちが立ち入りを許された場所だけでも、くまなく見て回ろうとすれば優に三日は必要だろう。
その他にも、軍団長たちが会する為の円卓や魔王であるギルティアの執務室や私室など、その全てに出入りをした事がある者など、この城の主であるギルティアを含めて、恐らくは一人もいないと思えるほどだ。
そんな広大な広さを持つ魔王城の中から、目当ての一人を見付けるなど、砂漠に存在する無数の砂粒の中に埋もれた小石を探し当てるに等しい。
加えてその探し人が、魔王その人であるが故に。本来ならば謁見すら許されない立場であるテミスが、自ら面会を希望するためには多くの手順を踏む必要があり、さながら数の増えた小石を定められた順番通りに見つけるようなものだった。
「ハァ……ったく……。仮にもこちらは客人なのだ。呼び付けるだけ呼びつけておいて、いざ帰る段になって雲隠れとはいい度胸じゃないか。何も言わずにファントへ帰ったって良いんだぞ。私は」
テミスは薄暗い廊下を歩きながら悪態を零すと、この魔王城のどこに居るとも知れないギルティアの顔を脳裏に思い浮かべる。
おおかた、あの宣言のせいで仕事が激増し、我々に構う暇など無く執務机に齧り付いているのだろうが。
しかし、こちら側にも予定や都合というものがある訳で。
店の看板娘であるアリーシャをいつまでも借りておくわけにもいかないし、私とフリーディアが揃ってファントを空けている現状を長引かせるのも得策ではない。
だからこそ、さっさと帰路に着く旨を伝え、挨拶とやらを済ませて帰りたいのだが……。
「我々付きの兵や城に管理をしている使用人を捕まえれば解らないの一点張り、かといって居場所を知ってそうな軍団長連中を訪ねるには許可が必要、その許可を取るために軍団長を訪ねるには、副官を含めた軍団長の信を得ている兵5名以上の同席が必要……って、いい加減にしろッ!!!」
ズドンッ!! と。
テミスは滾る怒りを拳に込めて傍らの石壁へと叩き付けると、苛立ちを吐き出すかのように叫びをあげた。
そもそも、我々は当のギルティアが呼び付けた客人で、私に至っては元とはいえ軍団長だったのだ。前例がない故に、一介の兵士連中が軍団長に面会する為の規則が適用されるという理屈は理解できるが、それにしても多少は融通を利かせて然るべきでは無いのだろうか。
「えぇい面倒だ。やっていられるか。こんな事をするくらいならば、禁踏区域を侵してやった方が話が速いッ!! あぁ……何故最初に思い付かなかったのだ私はッ!!」
怒りで煮詰まったテミスの思考はさらに熱を帯びると、それに応じるかのように一つの強硬案を導き出した。
軍団長たちが会する為に設えられたあの部屋の場所ならば知っているし、その性質上魔王であるギルティアの執務室が近くにあるのは間違い無いだろう。
加えて、仮に途中で捕えられたとしても、それならそれで私ならば軍団長連中と渡りをつける切っ掛け程度にはなるはずだ。
「よぉし……そうと決まれば早速殴り込みだ。……待てよ? 問答無用で襲われる可能性もあるな……一応剣を持っていくべきか?」
「やれやれ。君が僕たちの事を探し回っていると聞いて探しに来てみれば、随分と物騒な事を言っているね?」
「っ……! ルギウスッ!!」
閃いた妙案に、テミスがニヤリと不敵な笑みを浮かべながら独り言を零した時だった。
そんなテミスの正面から、コツリコツリと足音を響かせながらルギウスが姿を現すと、涼し気な笑みを浮かべて朗らかな声でテミスへと声を掛ける。
「ごめんよ。訳あって君たちの部屋の前に詰めている兵は今、詳しい説明を受けていない代わりの者なんだ。何かあったら、すぐに僕へ連絡をするようにと言っておいたんだけどね……」
「手が足りんのは想像が付くが、引継ぎぐらいしっかりしておけ。まぁいい、ギルティアに今晩あたりにでも我々の部屋を訪ねろと伝えてくれ。私達もそうだが、ヤタロウ達も難儀していたぞ」
「……それはちょっと難しいかな。勿論、僕たちも君たちがそろそろ帰らなくてはならない事はわかっていたんだけどね」
だが、同時に告げられたルギウスの言に、彼等の激務が想像に難くないテミスは同情を寄せると、一言だけ文句を叩き付けるに留めて本題へと入った。
しかし、ルギウスから返って来たのは、テミスが想像していたものとはまるで異なる物憂げな声で。
酷く気まずそうに頬を掻くルギウスを見上げながら、テミスは呆れたように目を細めて、溜息まじりに口を開く。
「全く……後先考えずにあんな宣言をぶちかますからだ。なら、私とヤタロウとフリーディアの三名が代表で訪ねるとするさ。それくらいの時間ならば問題無いだろう?」
「…………。いや……。フム……君なら良いかな。すまないが付いてきて欲しい。少し込み入った話になるからね」
「っ……。なんだと……?」
そんなテミスを、ルギウスは何かを考え込むかのように低く喉を鳴らしながらまじまじと見つめた後、コクリと頷きながらその手を取って歩き始める。
一瞬遅れて、テミスは面倒事の気配を察知して小さく息を呑んだものの、既に逃れる術は無く。
ルギウスに手を引かれるまま、薄暗い廊下の向こうへと姿を消したのだった。




