幕間 負けられない戦い
サージルの召喚した化け物たちに対し、テミス達が反転攻勢に打って出た頃。
戦線を押し留めていた者が居なくなった事により、異形の化け物たちの一部が、蘇生魔法の使用で魔力の大部分を消費したギルティアの元へと辿り着きつつあった。
だが、結界の維持に注力しているギルティアはその場で目を瞑ったまま動く事は無く、その傍らに立ったドロシーが必死の形相で魔法を放ち続けていた。
「ッ……!! 早く……何とか……しなさいよ……ッ!!!」
食いしばった歯の隙間から悪態を漏らしながら、ドロシーは雲霞の如く迫り来る化け物の群れに対して、続けざまに火球を叩き込む。
しかし、闘技大会での戦いとテミスの蘇生の補助で消耗したドロシーの魔力は残り少なく、眼前の大軍勢を纏めて焼き尽くす事ができるほどの魔法を放つ事は叶わなかった。
結果。こうして魔力消費が少ない魔法で対処するしか手段がなく、その抵抗も数に圧されて圧し切られつつあった。
「少しはッ……! アタシ達の事もッ……!! 考えなさいよ馬鹿ッ……!!! クッ……!? 間に合わないッ……!?」
悪態と共に、ドロシーが幾度目かの火球を放った瞬間。
火球が捕え損ねた女騎士型の化け物が一体、ドロシーの間隙を突破して肉薄する。
だが、ドロシーは既に標的を次の集団へ向けてしまっていて。
振り上げられた大剣を咄嗟に躱そうと身を捻るが、瞬時に自分が身を躱すとギルティアが斬られてしまうと察し、両腕を広げて自らの身を盾とした。
――ああ、馬鹿だ。
容赦なく振り下ろされる大剣の切っ先を眺めながら、ドロシーはクスリと口角を吊り上げて胸の内で自嘲する。
例え身を挺してこの一撃を防いだところで、観客たちを守る結界の維持に注力しておられるギルティア様では、後に迫る大軍を捌く事はできないだろう。
なら、こんな献身はただの無駄死にじゃない。
そう理解しているはずなのに、何故かドロシーの胸は誇らしさで満ち満ちていた。
「あとは……上手くやりなさいよ。馬鹿」
己が身を盾と化したドロシーが、今も尚前線で戦っているはずのテミスへ向けて呟いた時。
「ッ……ォォォォォォオオオオオオッッ!!!」
突然、裂帛の咆哮が響き渡り、一人の男がドロシーの傍らをすり抜けて刃の前へと身を躍らせると、己の鎧を以て刃を受け止めながら女騎士型の化け物へと飛び掛かった。
「っ……!? アンタッ……何やって――」
「――止めをッ!! 早くッ……!!」
「ッ……!!!」
絶体絶命のドロシーを庇ったのはカルヴァスだった。
リョースとの戦いで既に満身創痍だったこの男は、この場に辿り着いて尚待機を命じられていた筈。
だからこそ、ドロシーは彼の事を端から戦力として数える事は無く、路傍の石かの如く意識の外に置いていたのだが……。
そんなカルヴァスが今、自分を殺さんとした化け物を組み敷いている。刹那の間に起こった信じがたい事情の数々に、ドロシーは驚きに目を見開いたまま呆けかけたが、直後に響いたカルヴァスの怒号に我を取り戻すと、その言葉に従って地面に叩き伏せられて藻掻く化け物を小さな火球で焼き尽くした。
「ハッ……ハッ……!! 主を想うその忠義、お見事。微力ではありますが……助太刀しましょう」
「アンタ……わかったから止しなさい! 人間の癖にそんな身体で無茶をしたら……本当に死ぬわよ!?」
「確かに……そうかも知れませんね。ですが座して死を待つなど騎士に非ず!! どうせ死ぬのならば戦って……誰かを護って死にたいものです」
ドロシーの攻撃を受けた化け物が己が体の下で塵と化すのを確認すると、カルヴァスは荒い呼吸を繰り返しながら言葉を紡ぎ、ゆらりと立ち上がる。
そして、焦りを孕んだ声で制するドロシーの言葉に不敵な笑みを零しながら、腰に収めていた剣をゆらりと抜き放った。
「ッ……!! 理解できないわ。馬鹿じゃないの。なら、アンタはさっきみたいに抜けて来た奴を止めて!」
「ハハ……良く言われます」
凄まじいまでの気迫を纏ったカルヴァスに、ドロシーは鼻を鳴らして指示を出すと、再び魔法を放ち始める。
「皆さんッ!! ご無事ですかッ……!!」
そんなドロシー達の元へ、シズクたちが叫びと共に異形の化け物たちの群れを切り裂きながら姿を現すと、ドロシーとギルティアを守るかのように刀を構えたのだった。
2023/12/22 誤字修正しました。




