幕間 白翼の誇り
ギルファー一行の到着を待つ間、ギルティアの勧めによってヴァルミンツヘイムの観光へと繰り出したフリーディア達は、何もかもが目新しい魔都の雰囲気を謳歌していた。
流石と言うべきか、この町で取り扱われている武具はどれも、ファントで作られている物にも負けず劣らない逸品ばかりで。
加えて、そんな逸品を取り扱う腕を持つ店が、この町には幾つもあるというのだから驚きを禁じ得ない。
「ふぅ……どれも素晴らしかったわね。カルヴァス」
「え……えぇ……。確かに、物は素晴らしかったですな……」
数件目となる武器屋を後にしたフリーディアが、興奮で上気した頬に手を当てて感想を漏らすと、彼女の後に続くカルヴァスは生気のない声で答えを返す。
それもその筈。
今日見て回った店に並べられていた品物は、確かに名品ばかりではあったが、そのどれもが品物の質に応じた金額で供されており、小ぶりなダガー一振り取った所で、今のカルヴァスが愛用している剣が十数本買えてしまうほどの金額だった。
「安心しなさい。カルヴァス。私だって馬鹿では無いわ。何でもかんでも買い込むなんてことしないわよ。本当に必要なもので、価値のあるものを選んで買っているわ」
「ハハ……」
上機嫌にそう告げるフリーディアの手の内には、つい先ほど購入したばかりの剣が一振り納められた包みが握られている。
店主曰く、所有者が魔力を流す事によって形を変えるこの剣は、その形状を自在に杖やベルトといった別のものとして携帯する事が可能らしく、その値段はこの剣一振りで優に一念は遊んで暮らしていくことが出来るほどだった。
そんなやり取りを躱しながら、フリーディア達が次の店を巡るべく歩み始めた時。
「おい見ろよッ!! 人間が剣なんざ買ってやがるぜ! その剣で一体誰を斬ろうってんだァ? あァ……?」
「…………」
「っ……。御下がりください」
柄の悪い三人の男たちがフリーディアに目を付けると、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて睨みを利かせながら歩み寄り、高らかに声を掛けてくる。
尤も、それが友好的なものでない事くらいは一目瞭然で。
カルヴァスは即座に身を翻すと、身構えたフリーディアを己が背で護りながら、鋭い視線で男たちを睨み付けた。
「ここは魔王様がいらっしゃるヴァルミンツヘイムだぜ? 人間が剣なんて持ってちゃあ危なくて仕方がねぇ」
「あぁその通り。これは善良な魔族の義務として、絶対に没収しなきゃならねぇな」
「ついでに、迷惑料として持ち物全部と、その高そうな服ってところか。なぁ……?」
「ッ……!! 下衆めッ……!!!」
完全に敵意をむき出しにして迫ってくる男たちを前に、カルヴァスは戦闘が避けられない事を察すると、固く歯を食いしばって腰の剣へと手を閃かせた。
だが。
「カルヴァス。抜いては駄目よ」
「ッ……!? ですがッ……!!!」
その手が鯉口を切りかけた刹那、背後から伸びたフリーディアの手がそれを制し、覗きかけた白刃を再び鞘の中へと押し戻した。
しかし、眼前に迫った脅威に対抗する術が必要な事は事実で。
機先を制す機会を失ったカルヴァスは焦りを抱きながら振り返るが、フリーディアはその言葉に微笑みを返しながらカルヴァスの隣へと進み出て言葉を続ける。
「彼等は善良な市民らしいじゃない? なら、抜く必要は無いわよね?」
「っ……!! ハッ……承知いたしました!!」
フリーディアは何処かテミスを思わせるような不敵な笑みを浮かべると、包みを地面に置いてから腰に提げた剣を鞘ごと腰から抜き放つ。
そして、間違っても刃が露わにならないように、フリーディアは鞘と柄を固く飾り紐で縛り付けた。
それは即ち、剣を抜かずに彼等を制圧するという意思表示で。
即座にその意を汲み取ったカルヴァスは、フリーディアに倣って剣を鞘ごと腰から抜くと、未だに下卑た笑みを浮かべている男たちを制圧すべく構えを取ったのだった。




