145話 マッチとポンプ
「やれやれ……まさかあんなに強力な一撃が飛んでくるとはね……お陰でカードが一枚ダメになってしまった……」
平たい笑みを浮かべた少年はそう告げると、右手の先でつまんでいた燃えカスのような物を弾いて捨てた。
「お前が……ライゼルか……」
「そういう君は、魔王軍十三軍団長のテミスだね。そして……」
ライゼルは穏やかの口調で応えると、テミスの傍らに立つフリーディアに目を向けて言葉を続けた。
「何故、貴女がそちら側に付いているのかが解りませんが……っと。恋人の逆位置……これは僕が貧乏くじを引いたことに間違いはなさそうだ」
ライゼルは手元でカードを弄びながらそう言うと、フリーディアに向けていた目線をテミスに向けて微笑んだ。
「……そのニヤケ面。気に食わんな」
その視線を正面から睨み付けると、テミスは苛立ちを隠さずに口に出す。しかし、気に食わないのは本心だが、この男が不気味なのも間違いはない。先程のロンゴミニアトを止めた力と言い、この余裕の態度と言い何かが引っかかる。
「酷いなぁ……金と銀。髪の色もこうして同じなのだから、僕も混ぜてくれても良いでしょう?」
「ほざけ。何のつもりかは知らんが、この町に牙を向けた時点で貴様を生かす理由は無い」
そもそも、コイツの金髪とフリーディアの金髪を同列になど置けない。まさに黄金とも言うべきフリーディアに対し、コイツはせいぜい乳白色……纏う雰囲気も手伝って気味の悪いそれを同じなどと、傲岸不遜にも程がある。
テミスは舌打ちと共にライゼルの軽口に応じながら、その力を探ろうと彼の姿に目を凝らす。奴の口上はどうでもいいとして、手元に持っているアレは何だ……?
「おや……? これが気になるのかい? 良い目だ。流石は軍団長と言った所だね」
「っ……」
テミスがカードに注視していると、それに気が付いたライゼルはひらひらとカードを掲げて見せつけた。アレは……タロット……か?
「これは僕の力を具現化したモノでね……ホラ、目に見えないチカラって扱いづらいだろう?」
「っ!!!」
ライゼルがそう告げた刹那。テミスの目が見開かれ、構えられた剣先がピクリと動いた。同時に、シャリンという金属音と共に、テミスの隣のフリーディアが剣を構える。その視線の先では、ライゼルが手元で弄んでいたカードが宙へと浮かび、彼を中心として周囲に漂っていた。
「ああ。待って待って。僕に戦うつもりは無いよ」
「どういう……事?」
周囲にカードを漂わせたライゼルが両手を挙げると、それを見据えたフリーディアが静かに問いかけた。
「これはタダ、そちらのテミスさんの力を見せてもらったお礼と言うか……これを明かしたのは、敵意が無い事を証明する為なんだけれどね。証拠に、僕の兵達も君達の方へは向かっていない」
ライゼルは飄々とそう告げると、フリーディアとテミスの顔を交互に見ながら微笑を浮かべて言葉を続けた。
「でも、僕の方にも退けない理由があってね……。そこで、一つ提案なんだ」
「提案……だと?」
「そう。平和的な提案。形の上だけで良いからさ、僕たちに降参してよ」
「なっ――!? そんな馬鹿な話を聞ける訳が無いじゃない!」
微笑を湛えたままライゼルがそう口にすると、テミスが応じるよりも先に、フリーディアが気炎を上げた。無論、私としても応えるに値しないレベルの提案なので、声を上げる労力が減る分楽というものだが……。
「だから、本当に降参しなくて良いんだって。フリをする訳。フリーディア様が何故かそっちに居る以上、これが最適解だと思ったんだけど……違うかな?」
「ハッ……」
なるほど。と。テミスは内心で嘲笑を零しながら、顔を歪めて嗤いを零した。
コイツがドロシーと共闘関係にあるのは間違いない。そして、ライゼルがこうして健在である以上、奴は何かしらの対価を支払ったか条件を呑んだのだろう。そして、今のコイツの台詞からして、私とフリーディアの関係を誤認しているらしい。
「つまり、上前だけを掠め取ろうって言う寸法か」
「テミスさんは話が早いみたいで……どうだろうか。こちらからも情報は出せるけれど……」
「クッ……ククククッ……」
ライゼルの言葉にテミスは肩を震わせて頬を歪めると、その目をギラリと睨み付ける。
つまりこの男は、私にドロシーが裏切った情報を渡す対価として、ドロシーとの間にある旨味を労せずに寄こせと言っているのだ。
「そうだな……平和なのは素晴らしい事だ」
「フフッ……やはり君は聡明な人らしいね」
「っ……」
テミスが美しい笑みを浮かべてライゼルの方へと歩み寄ると、ライゼルもそれに応じるように数歩テミスへと歩み寄った。その光景を、ただ一人フリーディアだけが、固唾を呑んで見守っていた。
そして、二人の距離が握手を交わす程度の距離までに近付いた瞬間。鋭い風切り音と共に、テミスの担いでいた大剣がライゼルを肩から両断するように振り下ろされた。
「っ――!! 何をッ――」
すんでの所で飛びのいたライゼルが声を上げ、その構えた右手に一枚のカードを挟む。大きく切り裂かれたライゼルの服が、彼が本当に困惑している事を現していた。
「ファントの平和を壊した奴がいけしゃあしゃあと……殺すだけでは済まんぞ。下郎がッ!!」
ライゼルが抗議の視線を向けた先では、既に怒りの頂点など通り越しているのか、静謐な怒りを燃やすテミスが、彼に修羅の如き表情を向けていたのだった。