1564話 盟友と腹心と
リョース達がテミスの前から離れるのと入れ替わりに、やってきたのはシズクとヤヤ、そしてコハクだった。
三人はしばらく何も言わずにテミスを見つめていたが、突如シズクの目から一筋の涙が零れて頬を濡らす。
「っ……!!」
「テ……ミ……さっ……!!」
音も無く流れた涙は次第に堪え切れない嗚咽へと変わり、シズクは途切れ途切れの声でテミスの名を呼んだ。
その隣では、唇を固く噛み締めたヤヤが、酷く悔し気にテミスを睨み付けており、コハクはそんな二人を一歩後ろから見守っている。
「泣かないでくれ。私は大丈夫だ。ホラ、この通りピンピンしているさ」
「っ……!! でも……でもッ……!!」
「心配をかけて悪かった。ファントに戻ったら稽古をつけてやるから……。な? 頼むから泣き止んでくれ。お願いだ」
「うぅっ~~~!!!!」
堰を切ったかの如く涙を流し始めたシズクは、堪りかねたかのようにテミスへと抱き着くと、肩に顔を埋めて泣き声をあげ始める。
そんなシズクの頭を、テミスは微笑を浮かべながら優しく撫でると、口を噤んだままのコハクとヤヤへ視線を向けた。
「二人も無茶をさせてすまない。特にコハク。サージルの奴の足止め、助かった」
「…………。結局、手合わせをする事は叶わなかったが、面白い相手と相まみえる事はできた。テミス……お前との手合わせはまたの機会を待つとするさ」
「あぁ。必ず」
「…………」
静かに紡がれたコハクの言葉にテミスがコクリと頷きを返すと、コハクはピクリと眉を跳ねさせて口を噤んだ。
その前では、相変わらずヤヤがテミスを睨み続けていたのだが……。
「ヤヤ。ありが――」
「――約束ッ!!!」
コハクと話し終えたテミスがヤヤへと視線を向け、口を開きかけた刹那。
力の籠ったヤヤの声がその言葉を遮った。
「約束。違えて貰っては困ります。貴女を斃すのは私のはず……!」
「っ……。クス……そうだったな。今回はきっちりと雪辱も果たした。許してくれないか?」
「……どうしてっ。……っ!!! ファントへ戻った暁には、私もシズクと共に稽古を付けてください! それで許します!」
「はは……解ったよ。必ず。ホラ……シズクも……」
「ぐすっ……テミスさぁん……!!」
続けられたヤヤの言葉に、テミスは静かな笑みを浮かべて問いを返す。
すると、ヤヤは悔し気に俯いてから小声で悔し気に呟きを漏らした後、意を決したように顔を上げて再びテミスを睨み付け、まるで捨て台詞でも吐くかのように言い残すと、足早にリョース達の見守っている部屋の片隅へと去っていった。
その背中に、テミスは穏やかな笑みと共に答えを返してから、未だ離れようとしないシズクの背を優しく叩いて声を掛ける。
「もう大丈夫だ。だから……」
「っ……!! はい……はいっ……!! 稽古をつけていただくの、楽しみにしていますね!」
それでも涙を流し続けるシズクにテミスが言葉を重ねると、シズクは何度も頷きながらテミスからその身を離し、止まらぬ涙で頬を濡らし続けながらも笑顔を見せた後、コハクと共にヤヤの後を追って行った。
そして。
「あ~……」
続いて進み出たサキュドとヴァイセを前にすると、すぐに言葉が思い浮かばなかったテミスは、苦笑いを浮かべながら言葉を濁す。
それもその筈。
同じ転生者であるヴァイセであれば、皆まで言わずともサージルの正体は解るだろう。
その隣に立つサキュドの手は固く握り締められており、今回の一件で彼女へかけてしまった心労の大きさを表していた。
「色々言いたい事はありますが、まぁ……俺からは一言だけ。ご無事で何よりッス」
「心遣い感謝する。ヴァイセ」
隣から湧き上がる気迫を知ってか、ヴァイセはテミスに苦笑いを浮かべると、小さく頭を下げてから簡潔にまとめられた言葉を贈った。
テミスとしては、短い言葉に込められたヴァイセの想いもとても有り難かったが、何より自らの番を終えても、一歩退いただけでさり気なくサキュドの背後に控えていてくれたことが何よりも励みになった。
「……テミス様」
「サキュド。すまない。お前にも苦労を掛けた」
「ッ……! はい! とっても!! アタシはテミス様の副官です!! そんなアタシがテミス様を喪って、おめおめとファントへ帰ることがどうしてできましょうかッ!!」
「いつも助かっているよ。皆もそれをよく理解しているはずだ。誰もお前を責めたりなど――」
「――テミス様ッ!?」
「っ……!」
「解って居られるのなら、どうかもっとご自愛くださいませッ!? 無茶をなさるなとは申しません! ですがせめて、お一人では行かれませんよう!!」
「あ……あぁ……。気をつけるよ」
気迫を纏ったサキュドの言葉に、テミスは終始気圧されながらも、辛うじて笑みを保ったまま答えを返し続ける。
そして、サキュドはテミスの間近まで顔を近付け、念を押すかのように告げると、クルリと身を翻してテミスの前から立ち去っていく。
サキュドの忠義は今更疑うまでもない。加えて彼女は一度主を喪っている。だからこそ、黒銀騎団の皆を代表して紡がれるその言葉は重く、テミスはサキュドとヴァイセの背へ向かって頷きながら、その想いをしっかりと心に留めたのだった。




