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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第24章

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1561話 眠り戦姫の目覚め

 夢すら見る事の無い深い眠り。

 その暗黒の只中からテミスの意識が引き上げられたのは、闘技大会から五日後の事だった。

 テミスは意識を再び温かな闇の中へと引き戻さんと誘惑する強烈な眠気に抗いながら、未だぼんやりと纏まらない微睡みの中で目を開く。


「…………」


 まず、テミスの視界へと真っ先に飛び込んできたのは、艶やかな赤い光沢を放つ美しい布で。

 未だに霧がかったかの如く霞む頭が現実を理解するまでの数秒硬直した後、テミスは自身が天蓋付きの豪奢なベッドで眠っていたことを自覚した。

 無論。テミスの持ち物にこんな豪華なベッドは存在せず、記憶を遡った所で王侯貴族が愛用しているが如き寝具で眠りについた覚えなど一度も無い。


「……ひろい……な……」


 ボソリ。と。

 夢見心地のまま呟きを漏らしたテミスの声は驚くほどしゃがれており、その声が寝惚けた脳味噌に自分の置かれた状況の異常さを理解させる。


「フム……」


 異常事態を正しく自覚したテミスは小さく息を吐いた後、そのまま静かに目を瞑って自らの身体へと意識を集中させた。

 ……これといって異常は無い。

 僅かに身体を動かしてみても痛みを感じる所は無いし、特筆して重さを感じる事も無い。

 寧ろ、体調は好調だと言える。

 続けてそのまま意識を周囲へ向けると、手足を大の字に広げてもまだかなりの余裕がある大きなベッドの傍らから、ゆっくりと規則的に刻まれる呼吸の音が聞こえてきた。


「っ……。…………。おぉ……」


 人の気配はすれども危険は無い。

 そう判断したテミスはゆっくりと身を起こすと、自らが眠っていたベッドの大きさに改めて感嘆の声を漏らした。

 四方はテミスの身長の二倍ほど長く、これほど大きいとベッドから這い出るのも一苦労に思える。

 続いて、体を起こした事でパサリと柔らかな音を立てて、身体にかけられていたこれまた巨大な掛布団が落ち、テミスは自分が薄いネグリジェのような寝間着を身に纏っている事を自覚した。

 しかし、これまたテミスの持ち物には無いもので。

 加えて丈は少し大きい程度に留まるものの、胸の部分には嫌味かと云うほどサイズに余裕があり、それらの違和感は身に纏った寝間着さえ自分の物ではない事を物語っていた。

 状況は未だに呑み込めないが、解らないのならば知っていそうな奴に聞いてやればいい。

 テミスはそう結論付けるが早いか、サイズが合っていない所為ですぐにはだけそうになる寝間着に苦心しながら、広すぎるベッドの上を端へ向けて這い進むと、ベッドの隅に身を預けて寝息を立てるフリーディアの傍らへ寄って口を開く。


「おい。フリーディア」

「…………」

「起きろ。フリーディア」

「んぅ……」

「…………」


 けれど、二度声を掛けた所でフリーディアが目を覚ます気配はなく、余程疲労が溜まっているのかむにゃむにゃと口を動かすばかりだった。

 だが、現状を把握するには何故か傍で眠っていたフリーディアに聞くしかない。

 テミスは僅かに躊躇った後、一瞬だけ脳裏を過った寝直すという魅力的な選択肢を捩じ伏せながら、ゆらりと右手を怪し気に持ち上げた。


「恨むなよ。起きないお前が悪いんだ」


 クスリと薄い笑みを浮かべたテミスは眠りこけるフリーディアへそう呟いた後、掌でペチペチと頬を叩き始める。

 その度に。フリーディアは酷く鬱陶しそうに叩かれた側の頬を隠して寝返りを打つが、テミスが手を止める事は無かった。


「チッ……! 頬を叩いて起きないほど疲れているのなら、コイツはこんな所で何をしているんだ」


 規則正しい生活を是とする彼女にしては珍しく、いつまで経っても目を覚まさないフリーディアに舌打ちをすると、テミスは頬を叩いていた手を止めて呆れたようにため息を漏らす。

 こうなっては手段を選んではいられまい。

 そう決心したテミスは、口を開いて鎌首をもたげる蛇が如く、ゆらりと右手をフリーディアへ伸ばすと、可愛らしい寝息を立てる鼻をつまむ。


「…………」

「っ……ん……」

「…………」

「む……んがっ……!?」


 そのまま待つこと数秒。

 呼吸を阻害されたフリーディアは穏やかだった寝息を苦し気に乱すと、最後には乙女にはあるまじき声を漏らしながら勢い良く跳ね起きる。


「な、何をするのよッ……!! テミ……ス……っ……!!」

「随分深い眠りだったな? ところで、ここは何処だ? 何故私は――おぉっ!?」

「――ッ!!!」


 しかし、即座に抗議の叫びをあげたフリーディアは、寝惚け眼だった目を驚いたかのように大きく見開いて言葉を詰まらせると、悪戯っぽい笑みを浮かべて問いを口にしかけたテミスへ飛びついてその身を強く抱きしめたのだった。

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