1557話 歪な剣
咆哮と共に駆け出したサージルが、携えた剣を高々と振りかぶる。
剣先はぶれ、刃筋すらまともに立っていない、ただ振り回しているだけの一撃。
それに対してテミスはゆらりと上体を揺らすと、細剣を真半身で構えて迎え撃った。
「シャァッ!!!」
「ッ……!!」
大振りに振り下ろされたサージルの剣閃を、軽い金属音を奏でながらテミスの細剣が弾き飛ばす。
しかし、打ち込まれた斬撃の威力を殺し切れずに一歩退いたテミスは僅かに体勢を崩し、反撃に転ずる事ができず再び構え直すに留まった。
見るに堪えない酷い型。
一見しただけでも突くべき隙は無数にあり、本来サージル程度の技量ならば、刃を交える事すらなく一瞬で片が付く。
だが、人間としての枠組みを超越した膂力を以て繰り出される一撃は、圧倒的な技量の差を補って余りある威力と速さを生み出し、テミスを徐々に追い詰めていく。
「ハハッ……!!! 大口を叩いたクセにその程度かッ!! てんで弱っちいし遅すぎるぜッ!! なァッ!?」
「チッ……!!」
ギャリンッ! バキィンッ! と。
滅茶苦茶な剣筋で繰り出されるサージルの斬撃を捌きながら、重ねられる口撃にテミスは舌打ちを零す。
理解しているつもりではあったが、こうして改めて対峙したからこそ身につまされて理解できる。
本来ならば、積み重ねた研鑽と技量を以て到達し得る剣速と威力を、己が膂力のみで繰り出す姿はまるで化け物だ。
テミスはサージルの途方もない威力の剣撃を受け、ビリビリと痺れ始める己が手に歯噛みをしながら、胸の中でそう悪態を零す。
フリーディアやリョースのように卓越した技量を有していれば、たとえふざけた威力と速さで繰り出されようと所詮は素人剣技、捌き切って反撃するのは容易なのだろう。
しかし、実戦的な剣術を齧っただけのテミスにそのような真似ができる筈もなく、辛うじて凌いでいるのが精一杯だった。
「ハッ……所詮は私も同族……。呪われた身体能力にかまけていたツケが回ってきたか」
「俺をッ! 殺すんじゃッ!! なかったのかッ!!? オラァッ!!!」
「くぁっ……!!」
荒々しい叫びと共に叩き込まれたひと際鋭い一撃に、テミスは苦し気な悲鳴を零しながら大きく弾き飛ばされる。
だが、サージルの斬撃そのものはテミスの身体に届かず、二人は距離を置いて剣を構え直すと、再び真正面から睨み合って動きを止めた。
「なんだよ。これならまだ、そっちでボロボロんなってるあの魔族のオヤジ共のがマシだぜ?」
「フン……。だろうな。正直、今の私にはお前の力任せな剣を圧倒する程の腕は無い」
「ったく……これだからお前みたいに中途半端な雑魚は嫌なんだよ。面倒だからさ」
「たかだか数合打ち合った程度で調子に乗るなよ? 次はこちらの番だ」
そう言うが早いか、テミスは不規則に左右へとステップを踏みながら踏み込むと、サージルの顔面へ向けて細剣の切っ先を突き込んだ。
テミスの奇襲にサージルは僅かに首を傾げただけで刺突を躱してみせるが、その頃には既に突き出されたはずの細剣は引き戻され、同時にテミスは足を開いて体勢を落とすと、今度は腹に向けて二度目の突きを放った。
「ん~……」
しかし、サージルは僅かに悩むようなそぶりを見せながら、二度目の刺突を構えていた剣で払って防ぐ。
これで二手。
瞬時に繰り出した攻撃を防がれながらも、テミスは不敵に微笑みを漏らすと、さらに深く体勢を落としながら身体を捻り、刺突を繰り出した腕を引き戻しながらサージルの足を払った。
「おっ……!? うぉっ……!!」
足首を刈り取るかのごとくしなやかに放たれたテミスの足払いを受けたサージルは、驚きの表情を浮かべて体勢を崩すと、敵であるテミスが間近にいるにも関わらず、迫り来る地面に向けて手を伸ばした。
その致命的ともいえる隙に、テミスは容赦なく引き戻した細剣を叩き込んだ。
狙いは肩口。
体勢を完全に崩したサージルに、この三撃目に応ずる事のできる手段は無く、テミスの細剣は吸い込まれるかの如く綺麗に狙い通りの位置を刺し貫き、そのままサージルを地面へと縫い留めた。
「ッ……!!!」
だが、サージルにリョース達を苦しめたあの能力がある以上、これで終わりではない。
そう心得ているが故に、テミスは襲い来るであろう痛みに備えて固く歯を食いしばると、突き立てた細剣を引き抜きながら再び距離を取るべく後ろへと飛び退いたのだった。




