1553話 漆黒を裂く
黒い壁の如く立ちはだかる異形の怪物たちを前に、テミスとフリーディアは一筋の閃光が如く一直線に疾駆する。
刹那の内に怪物たちの間近まで接近したテミスは、その手に携えた細剣をしなやかに振るうと、挨拶代わりとでも言わんばかりに眼前の一体を切り刻んだ。
直後、テミスの傍らから数瞬遅れて飛び込んだフリーディアの刺突が、剣を振り切ったテミスへと矛先を向けた怪物の頭部を刺し貫いて塵へと変える。
だが、テミス達の勢いは刹那の内に二体を斃しただけでは留まらず、テミスは剣を振り切った格好のまま前へと突き進み、次に真正面へと立ち塞がった異形の甲冑を模った化け物へ己が肩をとすりと押し当てた。
それは攻撃にも満たないような軽い接触で。
当然、その程度の背職では意志を持たない化け物が止まるはずも無く、刃型の双腕が無機質に鎌首をもたげると、まるでテミスを抱きしめるかのように振り下ろされる。
しかし……。
「ハハッ……!」
黒く輝く刃が振り下ろされる刹那、まるで嘲るかのような嘲笑が響く。
それと同時に、双椀を振りかざした異形の甲冑の頭部を細剣が刺し貫き、両腕を天へ向けて掲げたまま動きを止めた甲冑は、そのまま塵と化してボロボロと崩れ始める。
「他愛も無い。頭数を揃えた所で所詮は怪物。ヒトの技を警戒する脳も無いらしい」
テミスは間近で崩れ去っていく異形の甲冑の塵を、甲冑の頭部を穿った細剣で斬り払うと、悠然と笑みを浮かべて再び構え直す。
醜悪な形をした化け物共は、確かに個人が有する戦力としては相応の力を持つのだろう。
だが、攻撃のみに特化した怪物たちの動きは非常に読みやすく、加えてこちらの単純な攻撃を防ぐ事すらしないが故に、その数をと勢いを除けば雑兵にも劣る戦力だった。
「テミスッ! 油断しないッ!! それに今の、貴女ならわざわざあんなに近づかなくても倒せたでしょうッ!?」
「油断などしていないさフリーディア。分析だよ。こいつ等がこの後、こちらの当て身や剣技に応じて来るのならば、同じ技は二度と使えない……がッ……!!」
その隣で、一つ目の巨人を模した怪物を斬り払ったフリーディアが、翻した剣を構え直しながら傍らのテミスを叱責する。
しかし、テミスはフリーディアの注意にクスリと微笑みながら言葉を返すと、斬り払った塵の向こう側から大剣を振りかざして突撃してくる女騎士型の化け物に、つい先ほど見せたものと同じ動きで肉薄して肩を当てた。
万が一、敵が相手の動きを学習して成長する類いの性質を持つのならば、この女騎士型の怪物は即応するはずだ。
だが……。
「っ……! おっと。そう言えばお前は頭が無いのだったな」
「…………」
相手へと押し当てた自らの身体に沿わせるように細剣を構えたテミスは、見上げた視界の先に目標となる筈の頭部が無い事に気が付くと、皮肉気に口角を吊り上げて語り掛ける。
けれど、知能も言葉も持たない怪物が言葉を返すはずも無く。
大剣を振り上げていた女騎士型の化け物は、そのまま自らの身体ごと貫かんとするかのように、その切っ先を肉薄したテミスの背へと向けた。
「遅い」
「…………」
しかしそれ以上、その大剣が動かされる事は無く。
更に身を沈めたテミスによって腹から胸を貫かれた女騎士型の化け物は、末期の悲鳴をあげる事すらなく塵と化した。
「見たところ、こちらの動きを学習している様子もない。ならば動く木偶も同然だろうッ!!」
「ッ……!! それでもッ!! 相手の数は多いわ! ここは慎重に――」
「――そうやって後手に回るから苦戦するんだッ! 流れを崩すな! 突き進めッ!!」
テミスが女騎士型の化け物を斃している間に、フリーディアは更に二体の怪物を灰燼に帰すと、テミスに警戒を促しながら守りの構えを取る。
だが、そこへ猛然と突進を始めた巨獣を模った怪物を、テミスは横合いから飛び込んで刺し貫くと、その巨体が崩れ始める前に剣を引き抜いて前方へと駆け出した。
それに負けじと、フリーディアもテミスの脇を固めるかのように剣を振るい、二人は八区の如き勢いでサーシルの召喚した漆黒の軍勢の中を斬り進んでいく。
そして。
「ハッ……ハッ……!! アレが元凶か……そして……チッ……!!」
「ッ……!! リョースさんッ!!」
テミス達は音も無く異形を吐き出し続ける魔法陣の前へと辿り着くと、その傍らで満身創痍となりながらも、衰えぬ闘志を以て戦い続けるリョースの姿に揃って息を呑んだのだった。




