1550話 白銀の騎士
「それで……? 行けるのか?」
短い口論を終えた後。
僅かな沈黙を挟んでから、ギルティアは静かな声でテミスへと問いかける。
その表情は優し気であったが、何処かほんのりと愁いを帯びていた。
「…………。あぁ……」
「仮にも死んでいたのだ。無茶はするなよ? ……二度は無いぞ」
「フン……あんなヘマ、二度とするものか。それに……」
「…………」
「あいつ等が待っている」
僅かに状態を揺らめかせながら言葉をかけるギルティアに、テミスは視線すら向けることなく淡々と答えを返していく。
同時に、テミスは両の手を握ったり開いたりと繰り返してから、おもむろに身に纏った漆黒の甲冑をガシャガシャと音を鳴らして外し始めた。
「……やはり、すぐに全快とはいかないか」
「魔力が微弱で安定しない。力も随分と弱っている。そこの大剣を持ち上げる事すら出来なかった。月光斬のような大技を打つのは無理だろう。例えるのなら……そうだな、何処ぞの騎士団長様と同等程度か」
「その割には、随分と清々しい表情をしているようだが?」
「当り前だろう? 確かに先程までの私と比べれば今の私は弱い。ブラックアダマンタイト製の甲冑を身に着ける事すら叶わんほどにな。それでも、何処ぞのお節介焼きな魔王が、わざわざ他人の心の中まで押し入ってきて思い出させてくれたからな」
「……それは何よりだ。ならば報酬代わりに一つ……聞かせて貰おう。魔力の大半を消費して呼び戻したのだ、それくらいの権利はある筈だ。私を追い返したあの時……お前は何を思い出した?」
「っ……!!」
ガシャン。と。
テミスが最後の手甲を外した音に重ねて、ギルティアはよろめくようにその場に膝を付きながら、不敵な微笑みを浮かべて問いかけた。
その問いが求めるものはテミスにとって、自らを死の淵から呼び戻す程の衝撃を持つものであり、同時にギルティアの精神感応魔法を弾き飛ばす程に秘めたる思いだった。
けれど。
抗議の思いを視線に込めて睨み付けた所で、ギルティアがそれ以上口を開く事は無く、ただ静かに微笑みを浮かべたまま、対価が支払われるのを待ち続けていた。
「チッ……。何の事は無い。かつての私が……どうしようもなく甘ったれで、青臭い私の立ち上がった理由が、……と同じだったというだけさ」
「クク……そうか……。面白いな。今はまるで異なるお前達でも、元となった想いは同じか」
そんなギルティアに、テミスは小さく舌打ちをした後。頬を朱に染め、視線を明後日の方向へと向けながらボソボソと答えを返した。
そうだ。あの時必死で飛び出していったのは、決して憎かったからではない。ただ大切な人を守るためだけに全力を尽くしたのだ。
その視線の先には、迫り来る異形の化け物たちを相手に剣戟を繰り広げているフリーディアが居て。
テミスの答えは、傍らで聞いていたドロシーにはちっとも理解できなかったが、ギルティアは満足気な笑みを浮かべて鷹揚に頷くと、ゆっくりと立ち上がるテミスの背を視線で追った。
「勝算はあるのか?」
「無い。……だが、何とかするさ」
「フッ……。そら。持っていけ」
「っ……! これは……」
ギルティアが一歩。また一歩と歩み始めるテミスの背から目を離さぬままに問いを投げかけると、テミスもまた後ろを振り返らないまま答えを返す。
すると、ギルティアはゆらりと右手を動かして虚空へと突き入れ、一振りの細剣を取り出してテミスへ向けて放り投げた。
「貸してやる。戦いへ戻るというのに、丸腰では心許無かろう」
「クス……なんだ、今回は手ずから私の腰へ納めてはくれんのだな?」
それはかつて、ギルティアがテミスへ貸し出した軽魔銀の細剣で。
テミスはぱしりと軽い音を響かせて細剣を受け取ると、迷う事無く自らの腰へと納めながら、緩やかに微笑みを浮かべて肩越しにギルティアを振り返った。
「ほざけ。そのような余力など残ってはいないわ。残る力は全て防壁の維持に注ぐ。テミス……後は任せるぞ。理を越えた今のお前ならば……」
「あぁ。懐かしい気分だからな。仕方が無い、任せろ。今だけは……お前もあいつ等も私が護ってやるとも」
地面の上に座り込み、自らの背を見送って告げるギルティアに、テミスは背筋をピンと伸ばして微笑みと共に告げると、白銀に輝く長い髪を翻して激しい戦いを繰り広げるフリーディア達の元へと歩いていったのだった。




