143話 一気呵成
「許可が出たぞ。連中は魔王軍とは一切関わりの無いはぐれ魔族らしい」
「…………そうか」
ファントへと戻ったテミスは、早速魔王との問答の結果を一同に伝えた。聞けば、テプローからの威圧が効いているらしく、連中の進軍は一度も無かったらしい。
「だが、これが持つのも時間の問題か……」
「で、しょうね」
難しい顔でテミスが呟くと、その傍らに立つフリーディアが頷いて同調する。
監視役から入った情報では、何やら荷物を積んだ一個師団が連中と合流したらしい。その大荷物からして補給である事は濃厚だが、妙に武装が整っているのと、その師団には魔族が居ないらしい。
「冒険者将校……ライゼルとやらが合流したと見るべきだな」
苦々しげにテミスは唇を噛むと、頭の中で戦力を計算する。
これで敵の戦力は六個師団程度。先の戦いで多少の戦力消費をさせているとはいえ、こちらはルギウスの第五軍団を含めた所でせいぜい一個師団ほど。数の上では圧倒的にこちらが劣っている。
「背中を気にしなくて良くなったとはいえ、このまま手をこまねいていては死を待つのみだな……」
「……つまり、我々から打って出ると?」
「ああ。これだけの戦力差だ。連中もよもや攻められるなどとは思っても居ないだろう」
テミスの報告を聞いてからずっと、苦い顔で沈黙していたルギウスがようやく口を開く。奴も純粋な魔王軍の一員なのだ。ドロシーを切り捨てたギルティアに何かしら思う所があるのだろう。
「故に攻められれば弱い。だがこちらの守りも崩せない以上、少数精鋭の部隊で攻めるべきだ」
顔色の優れないルギウスの心情を無視してテミスは言葉を続けると、横目でその表情を窺った。逃げるなり何なり考えているのであれば、この案で何か反応を見せる筈だが……。
「そうだね。僕もその案には賛成だ。テプローに部隊を向わせている以上、敵も全軍で対応してくるとは考え難い」
「フム……」
考え過ぎか……。と、ルギウスの態度を観察していたテミスは小さく息を吐いた。いつも以上に難しい表情はしているものの、発する意見は正当だし、その声に怖気は感じない。
「なら、白翼からは私とカルヴァスが前線に出るわ」
「いや……」
テミスの沈黙の隙をついて、フリーディアが意見を出す。だがしかし、戦力的に白翼からの人員が二人だけでは、いささか足りない。
「フリーディアとカルヴァスは確定だが、それに加えて混成分隊の第一、第二分隊を前線に加える」
「っ――! 待ってくれ! それではファント防衛の指揮官が不在になるぞっ!?」
テミスがそう宣言すると、驚いた表情をしたルギウスが横から口を挟む。
以前編成した混成分隊は、全部で四つ。私を主とした第一分隊。フリーディアを主とした第二分隊。サキュドとカルヴァスを主とした第三分隊。そして、マグヌスとミュルクを主とした第四分隊だ。このうち、第四分隊をテプローへ向かわせている為、残るは三個分隊な訳だが……。
「いいや。都市防衛の指揮はルギウス。君に執って欲しい」
「っ……! 待つんだ。いくら君でも無茶が過ぎる」
「問題ない。その為のフリーディアだ」
何かを察したルギウスが声を上げるが、テミスは涼しい顔でそれを受け流す。そもそも、たかだか一個大隊程度の数で雲霞の如く押し寄せる連中を迎え撃つのだ。無茶をしなければ押し通る事はできない。
「……つまり君は、冒険者将校を相手にしながら、師団クラスの数を相手にできると言うのかい?」
「できるできないではない。やるしかないのだルギウス。何故なら私は軍団長なのだからな」
「っ……ならば、僕がその役を負っても問題はないね?」
「ハァ……」
尚も食い下がるルギウスに、テミスは一つため息を吐くと、頭を押さえながらその真剣なまなざしを受け止める。
彼なりに考えての事なのだろうが、いくらなんでもその提案は早計だ。そもそもファントは十三軍団の管轄……本来第五軍団は関係が無いのだ。だと言うのに、前に出るべき我々を差し置いて、第五軍団が矢面に立つのは道理ではない。
「邪魔をするな。ルギウス」
「ちょっ――テミスっ!?」
多少の殺気を込めてテミスがそう告げると、即座に反応したフリーディアとシャーロットがそれぞれ行動をに移る。フリーディアはテミスとルギウスの間に入り、シャーロットはルギウスを庇うようにその前に立ちふさがる。結果として、フリーディアとシャーロットが睨み合う形となっていた。
「二人とも……そういきり立つな。手を貸してくれている第五軍団には感謝しているし、私はそんな恩人にここで手を出すような愚か者ではない」
「っ……」
テミスはそう言いながら立ち上がると、フリーディアの肩に手を置いてこちらを睨み付けるシャーロットに微笑みかける。
主を護る忠誠心は見事だが、それ故に遮眼的になりがちなのが玉に瑕だな。
「私は言ったはずだ。この町を襲う連中を赦さぬと。なればこそ、冒険者将校も、はぐれ魔族と化した第二軍団も等しく屠り去る」
「……君は……いや、そうだね。だからこそ君らしい」
顔を歪めたテミスがルギウスにそう告げると、テミスと同じようにシャーロットの肩に手を置いて下がらせたルギウスが、痛まし気な顔で応えた。
「ならばせめて……町の守りの事は考えるな。君はただ前だけを見て戦うんだ。そして、無事にここへ……僕たちが守り抜いたその席へ戻ってくることを約束してくれ」
「フッ……なるほど。そう来たか。どうやら私は、少し思い違いをしていたらしい」
ルギウスが真剣な眼差しでそう続けると、テミスは歪んだ笑みを引っ込めて小さく笑みを浮かべた。
つまるところ、私の薄い探りなど、コイツは全て承知していたという訳だ。その上で、前に出ると言った私を案じ、釘を刺した。それは、余計な心配をするなと言うルギウスの声なき主張なのだろう。
「悪かった。この町の事……頼んだぞ」
「……あぁ! 任せてくれ!」
テミスの言葉にルギウスは芯の籠った声でそう応えると、二人は視線を合わせて頷き合ったのだった。
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2020/11/23 誤字修正しました